カルチャー

2026.01.27 16:15

江戸時代より美しいシルクを AIは養蚕をどうアップデートするのか

(写真左から)細尾真孝/HOSOO COLLECTIVE 代表取締役社長、北野宏明/ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニー CSL)代表取締役社長 / 沖縄科学技術大学院大学(OIST)教授

細尾さんがすごいのは、もともとの着物のマーケットの中だけで工夫し続けるのではなくて、西陣織のサイズを変えることで壁紙などに用途を拡大し、まったく違うマーケットに踏み出したところだと思います。そうすると、技術や伝統が別のかたちで新たな価値を生み出してくるし、結果的に発展していく。

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そういう意味でもKYOTO SILK HUBの構想は納得感がありました。養蚕という分野にサイエンスやテクノロジーを投入して、全く新しい次世代のシステムをつくることができる。そう思ったので「これはぜひやりましょう」とお返事しました。ただ、実際に走り出してみたら、思った以上に険しい道のりが待っていたのですが(笑)。

──2025年11月の会見では、10年構想のうち、まず2028年までの3年間で、桑づくりと養蚕のシステムを一体化させて進めていく計画が発表されました。これまでの養蚕では、何がいちばんの課題だったのでしょうか。

細尾:養蚕は約6000年の歴史があると言われていますが、基本的にはずっと「人の手」でやってきました。蚕は約3週間で1万倍の大きさに成長するのですが、その成長段階ごとに、桑の葉の与え方や世話の仕方を変えなくてはなりません。

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給餌だけでも重労働なのに、繭をつくるまで育てるには、人が主治医のように蚕1体1体の状態を見る必要がある。そこまでやっても、蚕のDNAの個体差によって糸の性質が違ってくるなど、とにかく変数が膨大です。ここがまさにクラフツマンシップで、日本人が養蚕を得意としてきた理由でもある。ただ一方でそのやり方だと、どうしても労働集約型になります。グローバルでは人件費の安い地域に流れ、国内では担い手の高齢化が進み、続けられなくなっていったという経緯があります。

──ソニーCSLは具体的にどのように関わるのでしょうか。

北野: ソニーCSLから具体的な技術や製品を持ち込むわけではありません。我々は基礎研究機関なので、我々の役割はどちらかというとディレクションです。今回のプロジェクトは、農業、バイオ、ロボティクス、AI、センサーなど、複数分野のサイエンス&テクノロジーを複合しないと実現できない。それらをどう組み合わせるか。その全体設計を一緒に議論しながら考えていく役割です。

北野宏明
北野宏明

例えば、良い桑を育てるには土壌水分が非常に重要になってくるのですが、それを測るセンサーはすでに存在します。蚕のゲノム研究も日本は世界トップレベル。土壌微生物についても、メタゲノム解析で遺伝子レベルの把握ができます。桑の成分、蚕の体内にいる共生細菌、DNAやゲノム──こういった複数の分野の研究者や専門家と議論を進める必要があると思っています。

細尾:良い蚕を育てるには、良い桑が必要。桑を育てるには、土壌、水分、気候、微生物といった多くの変数がかかわってきます。蚕も、品種やDNA、育成環境によって反応が変わる。その両方を見ながら、最適なタイミングで人が判断してきたのが、これまでの養蚕です。いわゆる「職人の勘」でやってきた仕事をテクノロジーで再構築するには、かなりの設計が必要になりますね。

北野: 桑畑の土壌にどのくらい水分が含まれているか。そこにどんな微生物がいるか。その微生物がいるとどんな桑が育つのか。その桑を食べた蚕はどんな糸を吐くか。その糸に含まれている成分の由来が葉と微生物群のどういう相互作用で生み出されるのかなど、研究すべきレイヤーが膨大にあるわけです。桑の成分と、蚕の体内で起きる反応は、それぞれ何百もの要素が相互に影響し合う、非常に複雑なメカニズム。養蚕において、この関係をどう理解し、体系化していくかは、まったく新しいチャレンジだと思っています。

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文=眞板響子 写真=山田大輔 編集=松崎美和子

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