習慣1:対立を「感情的な危険」と解釈してしまう
最初の心を閉ざしてしまう原因は、対立というものに対する「解釈」である。多くの人にとって、意見の相違は単なる考え方の違いを示すものではなく、感情的な脅威を意味している。
一貫性に欠ける、批判的である、あるいは感情的に強烈な家庭で育った人は、対立を拒絶、つながりの喪失、感情的な罰と結びつけてしまうことが多い。その結果、大人になってからも、そしてたとえ現在の状況が比較的安全であっても、対立に対し、生存に関わる重要なものを守ろうとするかのような、切迫感のある反応をしてしまう。
これにより、脅威レベルの迅速な評価が行われる。次のような内なる声が聞こえることもあるだろう。
・「これは悪い方向にエスカレートする」
・「私は誤解されようとしている」
・「何を言っても無駄だ」
脳が「対立は危険なものである」と解釈してしまうと、防御的な反応をとり、心を閉ざしてしまう。沈黙、感情的な引きこもり、解離といった手法が、刺激を減らし、認識されたリスクを制限するために用いられる。しかし広く知られているように、それは前向きな思考ではない。必要なのは、脅威のレベルを正確に評価することである。
「認知的再評価(Cognitive Reappraisal)」に関する研究は、ストレス要因がもつ意味を変えることで、それが引き起こす生理的覚醒も低減できることを示している。したがって、これから心が閉じてしまう兆しを感じ始めたときには、「どうすればこれを止められるか」と自問する代わりに、「今この瞬間のこの対立は、実際には何についてのものか」と問うことが有効である。
現在の現実と過去の情動的記憶を切り離すために、具体的な事実に意識を固定する練習が役立つ。
・この人は私を傷つけようとしているのか、それとも理解しようとしているのか
・この対立は安全の問題なのか、それとも好みの問題なのか
・ここでの対立は、これまで断絶を生んできたのか、それとも解決につながってきたのか
こうした問いかけは、脳を脅威に対抗するためのモードから、状況に即した処理をするモードへと移行させる。時間をかけて、対立を「危険」ではなく「不快なもの」として繰り返し再解釈することで、関与しても生き延びられるのだと神経系が学習していくのだ。


