かつてノーベル賞を受賞したドイツの物理学者2人が、メダルをナチス独裁政権から守るため密かに国外に持ち出し──友人に託して酸で溶かしてもらった、というエピソードをご存じだろうか。
2025年のノーベル平和賞を受賞したベネズエラの野党指導者マリア・コリナ・マチャドは、授与されたメダルを2026年1月15日にドナルド・トランプ米大統領に贈呈し、米国に取り入ろうとした。マチャドの発表を受け、ノルウェーのノーベル賞委員会は翌16日、メダルや賞金をどう扱うかは受賞者の自由だが、賞そのものを誰かに譲渡することはできないと改めて表明した。
「受賞者が発表された後に賞を他人と共有したり、譲渡したりすることはできない」「メダルや賞状、賞金がどのような扱いを受けようとも、受賞者として歴史に記録されるのは、当初の受賞者のみだ」──ノーベル賞委員会の声明は、マチャドにもトランプにも言及していないが、はっきり言ってその必要もなかっただろう。
とはいえ、マチャドが授与されたメダル自体は今なお、奥深い象徴性をまとった金色の円盤の形を保っている。それこそが、第二次世界大戦中に4人の物理学者がナチス・ドイツの手にノーベル賞のメダルが渡らないよう苦心した理由だろう。まったくもって驚くべき逸話を紹介しよう。
木を隠すなら森の中
ナチス・ドイツが中立国だったデンマークに侵攻した朝、ハンガリー生まれの物理化学者ゲオルク・ド・ヘヴェシーはコペンハーゲン大学・理論物理学研究所(現ニールス・ボーア研究所)の研究室に閉じこもり、必死に化学薬品を調合していた。そしてガラス瓶の中に、2つの重い金メダルを慎重に沈めた。
窓の外では行進する兵士の軍靴の音が街に響いていた。ヘヴェシーはただひたすら、メダルに刻まれた発明家アルフレッド・ノーベルの肖像と「平和と諸国民の友愛のために」と書かれたラテン語の銘文が、泡を立てながらオレンジ色の液体の中に溶けて消えていくのを見つめていた。
やがて、溶液をもう一度よくかき混ぜるとヘヴェシーは瓶を棚に置き、研究室を後にした。その瓶は、戦争が終わっても何年もそのまま棚に置き去りにされていた。



