「AIバブル」は誤った問いか
フィンクがAIバブルの問いを言い換えて、「投資しすぎているか」ではなく「投資は足りているか」を問うたとき、AI革命の重要な点が浮かび上がる。インフラ要件が本当に巨大なのは、機会が本当に変革的だからである。
バブル懸念に対するフアンの答えは実務的だった。GPUレンタルの価格と入手可能性を見よ、というのである。2世代前のハードウェアでスポット価格が上がり、どのクラウド事業者も設備をフル稼働させ、需要が加速し続けているなら、それは投機的な過熱ではない。実際の企業が実際の仕事をし、実際の価値を生み出しているのだ。
「AIバブルという言い方が出てくるのは、投資が大きいからです。そして投資が大きいのは、その上にあるAIのすべての層に必要なインフラを構築しなければならないからです」とフアンは説明した。この規模は警告サインではない。要件なのである。
これを正しくやり遂げることの得失
フィンクの締めくくりの指摘は、注視すべき緊張関係を浮き彫りにした。「ここにいる平均的な年金生活者、平均的な貯蓄者が、その成長の一部になれるようにしなければなりません」と彼は主張した。「ただ傍観しているだけなら、置き去りにされたと感じるでしょう」。
だがフアンの返答は彼らしい率直さだった。「私たちはインフラに投資したいのでしょう? インフラは素晴らしい投資です。これは人類史上最大のインフラ構築です。参加しましょう」。
AIインフラが実際に人類史上最大の整備になるかどうかは、今後数年でより明確になるだろう。すでに明らかなのは、資本の流れが大きく、戦略的な問いが現実のものだということだ。
私は数十年にわたり技術のサイクルを追ってきたが、大胆なインフラの主張が証明されるまでには時間がかかることが多いと認識している。フアンの5層の枠組みは、投資がどこへ流れ、なぜそうなるのかを評価するための有用なレンズを提供する。ただし枠組みは現実を描写するのであって、現実を決めるものではない。
国家、企業、投資家は今、能力とポジショニングに関する選択をしている。その選択が先見の明だったと証明されるかどうかは、実際の構築がどう進むか次第であり、それはまだ開かれた問いのままだ。


