酸欠状態で、実際にどのくらい生き延びられるのか
エタノールを生成するだけでは、長く生き延びることはできない。こうした老廃物を除去する高度な仕組みがあったとしても、生きるためには、必要なエネルギーそのものを大幅に引き下げなくてはならない。フナはそのため、無酸素状態に置かれている間に代謝を著しく落としている。2021年に『Metabolites』に掲載された論文によると、フナの体内では次のようなことが起きているという。
・心拍数の低下
・運動量の減少
・成長の停止
・不要な細胞プロセスの完全停止
この研究で指摘されているように、フナの代謝率は、通常時の10%未満まで低下することがある。このとき、神経細胞が発火しすぎないよう、神経細胞のイオンチャネルは抑制されている。また、タンパク質の合成も最小限に抑えられ、ATPの消費も厳しく制限される。
このようにしてさまざまな機能を協調的に停止させることで、ATPの産生量が限られていても、嫌気性の経路を通じて、何カ月もの間、基本的な細胞機能を維持することができるのだ。フナを酸素のない低温状態に置いて観察する実験を行なったところ、4カ月以上も生き延びたという。とはいえ自然環境では、水温やエネルギー蓄積量、体の大きさ次第で、生き延びられる期間は変わってくるだろう。
水が冷たいことは絶対条件だ。水温が低ければ低いほど、代謝要求は少なくなる。これが、無酸素状態を長期にわたって耐えられる要因だ。水温が高ければ、フナは蓄えていたエネルギーをより速く消費してしまう。それでもなお、これほどの無酸素耐性を示す脊椎動物は珍しい。
フナはなぜ重要なのか
進化の観点から見ると、フナの生存戦略は理にかなっている。北方の淡水環境は予測が難しく、酸素量がゼロになって凍死してしまう生物は珍しくない。そこでフナは、酸素を競い合ったり移動したりするより、生化学的な回避策を進化させた。他の生物や捕食者であったら、エサを巡って競い合い、死んでしまうような環境への耐性を身に付けることで、酸素が戻ってきた時に、その環境を独占できるようになったのだ。
こうした生態があることから、フナは、酸素欠乏や脳卒中、代謝抑制に関する研究におけるモデル的な生物となっている。例えばフナには、冬場の低酸素環境で脳の障害(興奮性神経毒性)を回避しながら生存する仕組みがあるが、そうした仕組みから、人間の虚血性障害(血流が低下・途絶することで、組織がダメージを受けること)の治療法について情報が得られるかもしれない。代謝を可逆的に停止させるフナの能力は、臓器の保存や、外傷治療の手がかりとなる。
人間が、酸素欠乏という環境で自らをアルコール発酵させなくてはならない事態に迫られることはないと願いたい。しかし、フナにおける細胞の仕組みは、脊椎動物の生理機能が持つ限界について、これまで考えられてきた前提の多くに疑問を投げかけている。
進化はしばしば、環境が要求してくる問題の解決にあたって、少しずつ手を加えるのではなく、種を根本からつくり変えるという方法を用いることがある。フナは、そのことを生物学者に思い出させてくれる。


