生物学者・福岡伸一の代名詞ともいえる「動的平衡」の考えを元に、生物学の知見を経営手法に応用しようと「動的平衡マネジメント」を提唱するグロービング。第4回記事でも登場したIMDの一條和生教授(写真右)を迎えて探る、動的平衡マネジメントその実践とその指南。
グロービングからは社内への「動的平衡マネジメント」浸透の旗振り役の一人である代表取締役副社長・中川和彦(写真中央。以下、中川)と「動的平衡マネジメント」の方法論構築、コンソーシアム構想をリードする桒原隆志(写真左。以下、桒原)、を迎えた。
桒原 グロービングは38億年続く生命活動の本質に基づいた「動的平衡」の考えに基づき企業経営に当てはめた「動的平衡マネジメント方法論」の構築・普及・海外への輸出に取り組んでいます。
先日、グロービングが主催する特別経営者合宿に一條先生もご参加を頂き経営者の方々と意見を交わす機会がありました。この新たな取り組みへの期待を改めて感じましたね。
一條 そうでしたね。この日本独自の強みを発揮できる経営モデルが経営者から期待される理由は大きく3つあると思います。
第一に、欧米で生まれ、洗練されてきた経営学をそのまま日本企業に当てはめて経営の良し悪しを評価することは、必ずしも正しくないのではないか、という疑問の声が経営者・アカデミアから上がっています。
例えば、私の所属するIMDは、毎年、世界競争力調査を行っています。2025年、日本は世界69か国中35位でした。足を引っ張っているのは「経営の実務能力」という項目で、なんと世界で65位。本当に日本企業の実務能力はこれほど低いのでしょうか?世界で成長を続けている日本企業はたくさんあります。
つまり、世界競争力調査の評価尺度では測りきれないような日本企業の強みが発揮される経営があるのではないか、と考えられ始めているのです。
第二に、予測できない変化が日々、グローバルレベルで当たり前のように起こっているからです。コロナ禍やトランプ関税、急速なAIの進化など、欧米型の経営に多い、プランニング重視の事業展開では、激動の時代を乗り切れないのではないかと考えられだしています。
第三に、急激な変化に速やかに対応するために、「共振する」経営が求められているからですね。
「共振」とは経営や現場が同じ考えや哲学に基づいて、意思伝達や実践を速やかに行う経営です。これはもともと、日本企業が得意としてきたことで、トップと現場が一体化した「全員経営」です。AIの現場での活用が急務となりつつある中で、改めてこうした日本企業の強みを見直そうという考えが強くなってきています。
桒原 1点目の投げかけは興味深いですね。これまでの物差し、つまり欧米的な経営理論に沿った評価指標では当てはまらないやり方で伸びている日本企業は多くあります。
中川 日本企業の多くが欧米的な手法を取り入れるなかで、協調領域と競争領域を分けて考えるべきところを混同している経営者の方も少なからずいるように見受けられます。差別化を必要としない協調領域においては、徹底的に標準化することで効率化を目指すべきだと思いますが、差別化が必要な競争領域は同じように標準化を求めると画一的な考え方になりその企業の強みを失ってしまいます。
言い換えると、協調領域においては標準化を推進して「Doをスケール」し、一方、競争領域では新たなものを生み出していく「Thinkのスケール」を追求していくべきですね。
桒原 生成AIは、もちろんハルシネーションもありますが、「関連」や「相関」から知識を創造してくれる面もあるわけで、Thinkのスケールに資する形で活用を考えていきたいですね。AIと協働して価値を出す意味においては、人が中心となりながらAIをパートナーとして全員が考えながら活動する、日本流のマネジメントの方が競争力を高めることができると考えています。
自律分散に必要なのは共有できる「企業哲学」
桒原 このThinkのスケールの話の根底にも、共振が重要ですね。共振がなければ、好き勝手に自分の考えをスケールさせるだけになってしまう。動的平衡マネジメントの中では自分と企業哲学が共振している状態を作っていくことが、そのスケールさせる方向を決めていくものだとしています。企業哲学は難しい言葉ですが、それを「思考、技能、所作」から成り立つのではないか、と我々は考えています。この企業哲学との共振があることで、スケールした結果が社会的に価値を生み出し、増大させることができるのではないでしょうか。
一方で、その企業哲学に対して「共感しろ」と言って社員に強要すると、表面の言葉だけで捉えられてしまって、社員が心から共感することはありません。
強要しない具体的な実践として、ある経営者の話があります。自分の言葉をいきなり全社に展開するのではなく、まずは役員クラスに伝え、役員自身の言葉として、それをさらに部下の社員に伝え、社員もまたそれぞれ自分の言葉に置き換えて他の社員に伝えてと自身の哲学をリレーさせながら伝えていったようです。
そうすることによって、会社全体に企業哲学の浸透がなされて企業の変化が起こされていったとおっしゃっていました。これは共振のひとつの過程ですよね。一條先生からもそういった事例をよくお聞きします。
一條 経営哲学をあえて伝言ゲーム化させることで、社員に哲学を「自分ごと化」させるのに成功したケースですね。経営と現場が共振する企業の特徴としては、常に経営側が社員に会社の在り方や方向性、状況を伝える工夫に力を注いでいることです。しかも一方向ではなく、部署ごとにディスカッションして、自分ごと化の過程を丁寧に進めていますね。
中川 企業哲学への共振がなされると、一條先生が指摘されていたような、先の見えない世界で起きる「有事」への対応を変えますね。平時ではマニュアルによる標準化で誰もが同じように行動することができますが、有事の際は、企業哲学や価値観が組織に浸透していないと適切な行動が現場から自発的に生み出されないです。
自律分散的な組織づくりのためには企業哲学の共有が必要というのは逆説的で興味深いですが、そのためにも、企業哲学をどう浸透させるかという議論が必要です。
一條 企業哲学が浸透していると、どのようなベネフィットを得られるのか、あるメーカーのケースをご紹介しましょう。
この会社は、DXを推進するために、当時の新規採用者400人のうちの100名を2年間専従でDXの研修を受けさせました。普通なら、人手不足の時代に、せっかく採用した貴重な人材をなぜ現場に配属しないのかと反発が出ても不思議ではないのですが、この会社ではそれが起こりませんでした。なぜかと言うと、会社がいまどういう状況なのか、会社にとって何が大事なのか、現場でも十分に共有出来ていたからです。
ですから、2年間徹底的にデジタル分野の最先端を学んだ社員がいざ現場に配属されると、業務のデジタル化も一気に進みました。これこそ、共振する経営の好事例です。
「人で決める」。そのためにリーダーに求められるものとは?
一條 このメーカーの場合は、徹底的に人づくりを経営の根幹に据えています。例えば、新規の提案を行う際にも、提案書には担当者の名前が必ず書き入れられているそうです。そうでなければ提案は受け付けられません。提案受け入れの可否も、この人に任せられるのか、「人で判断する」そうですよ。
中川 グロービングの経営においても、「人が先、事業が後」という考え方を志向しています。要は誰がコミットしてやるかを決めれば、自ずと事業の成功が後からついてくる。ある意味、単純なジョブ型とは異なる考え方になります。
桒原 動的平衡マネジメントで「人中心」を掲げていますが、正にその一例ですね。
一條 企業哲学が共有できているから、DXを進めるにあたっても、「人中心」に、育成と異動を連鎖させることを重視した。手法としては素晴らしいですね。
中川 そのうえで動的平衡マネジメントを外に発信していくに当たって、まずは弊社自身が実践しています。人の流動性を上げて事業の価値を上げるという意味では、グロービングは誰が経営しても運営できる代表取締役輪番制を敷いています。
代表取締役が変わることで、その人物の特徴は出しつつも、企業哲学は共振の源泉として持ち続ける。そのために企業哲学の言語化は欠かせません。
グロービングは企業哲学の1つである「所作」について「GLBer 12カ条」として定めています。この定義をもとに社員の評価や採用の指標として取り込んでいます。評価は結果指標だけではなく、「GLBer 12カ条」に沿った「所作」を日々実行できているかをプロセス指標として見定めるような形になります。
一條 こうした「所作」や「哲学」を重んじる経営には、リーダーの教養が不可欠です。予測し得ない事態に対し、理想を持ちつつ現実を直視して決断を下すには、普遍の理、つまり「リベラルアーツ」に裏打ちされた歴史観や大局観が求められるからですね。
例えば、AIが人の仕事を奪うという議論も、かつて産業革命期に起きた「ラッダイト運動」を歴史として知っていれば、ただ恐れるのではなくAIを「どう活用し、共生するか」という大局的な解釈へ昇華できる。こうした判断は、教養なしには難しいでしょう。
自身の志を達成したいなら「利他的」であらねばならない
桒原 おっしゃる通り、歴史観や大局観は重要ですね。生命の歴史の視点でも、福岡先生が、生命体は大きな飛躍を遂げる時は外の力を取り込むというお話をされていました。
細胞でいえば、酸素を元にエネルギーをつくる役割を果たす「ミトコンドリア」を取り込んだ時。ミトコンドリアはもともと別の細菌だったと考えられているのだそうですが、あるときから細胞内で共生するようになった。これにより生命体のなかで、エネルギーが多くつくられ、活動の幅も広がったというのです。我々もAIをミトコンドリアのように取り込むことが大切ですね。その仕方は、決められたやり方ではなくて一見すると既存の企業活動を破壊するように見えるかもしれません。
中川 イノベーションのジレンマではないですが、既存事業がうまくいっている場合、その事業から優秀な人材は配置換えしたくないものです。しかし、新しさを取り込み、まだ見ぬ世界をつくるには、既存領域から人を剥がす「破壊」と新規領域に人を配置する「創造」が必要です。グロービングでも固定化をよしとせず、チームごとにPL(Profit and Loss Statement)を持たず、会社全体で「1PL」とすることで全体最適な考えを取り込むとともに、アサインメントもチーム内でメンバーを抱えないよう「1プール」制としています。
一條 動的平衡マネジメントの中で、新しい破壊と創造を模索していく際に、忘れてはいけないことは、やはり組織や企業は人の集団ですから、人間の本質に基づいたマネジメントがあるべきではないかということですよね。その中の一つのキーワードが、福岡先生もおっしゃっている「利他」にあるのではないでしょうか。
桒原 細胞とミトコンドリアの共生関係も利他的といえますね。経営に置き換えて利他を考えると、企業哲学だけを叫んでも効果がないのと同じで、ただ「利他的になりましょう」といっても経営者や企業で働いている方々には響きません。企業や社員個人の利他性に気付いてもらうための仕掛けになるのが、個々人の強い思いである「志」だと考えています。
志を持つことは、一見、利己的に思えるのですが、その志を実現する道のりを歩むには一人ではできないことも多いために、他人の協力を得なくてはならない。ですから、自分の志を実現したければ利他的にならざるをえない。
一條 志を極めれば極めるほど、逆説として利他的に動かざるを得ないというのがおもしろい。仲間が共感しないと何も実現できませんからね。だから、志を徹底的に極めることをグロービングでも重視されていますよね。
中川 まさに、志や企業哲学について共有する全体会議を定期的に行っていますね。これも共振の取り組みです。企業哲学と個人のWill(意志)の交差点を作る仕掛けともいえ、例えば、全社員が集まる全体会議でスピードデーティングという取り組みを通じて、志やWillを社員間で共有する時間を作っています。
コンソ―シアムの立ち上げ・経営者同士の“共振”を生む仕掛け
桒原 この様なグロービングとしての実践や、各企業の経営者との議論を通じて、我々は動的平衡マネジメントの方法論を構築していきたいと考えております。
その一つとして、動的平衡マネジメントコンソーシアムの立ち上げを計画しています。このコンソーシアムは現代の松下村塾と位置付けて、次世代の経営者と動的平衡マネジメントを議論・実践していき、新しい世代の経営者ネットワーク、いわば“共振”を作っていくことを狙っていきたいと思っています。
この様な活動を加速するためにも、グロービングではまだまだ人が足りない。ぜひ多くの力を巻き込んで方法論を磨き上げ、もっと多くの人たちが使えるものにしていきたいと考えています。そうすることで、企業の底上げはもちろん、日本経済の活性化にもつながっていくと考えていますし、この経営モデルを日本発の経営理論として海外に輸出していきたいと思っています。
引き続きご協力お願いいたします。本日は、ありがとうございました。
グロービング
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いちじょう・かずお◎IMD教授・一橋大学名誉教授。1958年東京生まれ。一橋大学社会学研究科博士課程修了、ミシガン大学経営学博士号取得。2003年にIMD(スイス、ローザンヌ)で日本人初の教授に就任。2009年より、IMD客員教授と並行して一橋ビジネススクール国際企業戦略専攻教授・専攻長を務め、2022年より再度IMD教授に復帰。専攻は組織論(知識創造論)、リーダーシップ、企業変革論。
なかがわ・かずひこ◎グロービング代表取締役副社長/シニアパートナー。Accentureにて2013年よりマネジングディレクター、その後素材プラクティス兼石油・エネルギープラクティス日本統括として、石油、化学、鉄鋼、重電、自動車業界等、製造業中心に事業戦略・組織人材改革・DX戦略・ERP導入を多数リード。よりクライアントの成果に拘ったコンサルティングを志向。METI/石油産業競争力研究会プレゼンターなど、対外的な講演・寄稿も多数実施。
くわばら・たかし◎グロービング エグゼクティブパートナー/執行役員。京都大学理学部卒、東京大学大学院理学系研究科(ICEPP)卒。ローランド・ベルガー及びデロイト トーマツ コンサルティング(含む約6年半の東南アジア駐在)を経て現職。
“動く”戦略の策定からその実現を経営及び現場目線から推進。新規事業や既存事業の海外事業進出・拡大を軸にした戦略実現(トランスフォーメーション)の経験を多数有するとともに、AIなど新しいテクノロジーを活用した経営変革にも一家言を持つ。
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