もう一つは、災害などの際にいち早く料理を提供するNGO組織「ワールド・セントラル・キッチン」を率いるシェフ、ホセ・アンドレス氏と、レネ・レゼピ氏の対話だ。

ワールド・セントラル・キッチンは、2010年のハイチ震災の際にスタートしたが、最近では紛争地などでも炊き出しを行っている。ロシアのウクライナ侵攻の際にも、国境に近いポーランドの街で、ウクライナのシェフたちと共に炊き出しを行った。
「こういった紛争地に行くことも最近は多く、パレスチナで炊き出ししたあと、イスラエルのキブツ(農業共同体)で炊き出しをしたこともあった。パレスチナ側なのか、イスラエル側なのか? と尋ねられることも少なくないが、私はヒューマニティ側だと答える」とアンドレス氏。
看護師の両親のもとスペインで生まれた彼は、伝説のレストラン「エル・ブジ」などを経てアメリカに渡り成功。現在はワシントンDCの「ミニバー」のほか、世界各国に43のレストランを持っており、ワールド・セントラル・キッチンは彼の社会貢献活動として広く知られている。
レゼピ氏に「ここに登壇するのに迷いがあった、と言っていたが」と水を向けられると、アンドレス氏は2024年にワールド・セントラル・キッチンのメンバーが乗った車がイスラエル軍のドローンに攻撃され、全員が死亡したことに言及した。
「私はヒーローだと思われているが、そうではない。元々私はこの車に乗る予定だった。この事件以来、今に至るまで、私はパレスチナに行けていない。本当は苦しんでいる人の側にいないといけないのに、妻や娘たちに会えなくなるのが恐ろしい。そしてこの気持ちを、妻に伝えることもできていなかった。それを伝えたら、彼女が怖がると思うから。でも、ここでは、私の気持ちを正直に語ることができる」
そう涙ながらに語る様子は、MADの意義を的確に表現していたように思う。

人はレストランに明るさや楽しさを求めてやってくる。自分のプライベートで何があろうと、それに応えるのが飲食業、ホスピタリティビジネスにつく人たちの仕事だ。そのプロフェッショナルな側面が強調される一方、業界で働く人たち個々人を大切にすることがどこか置き去りになってきたのかもしれない。
肩書きという仮面を取り外し、人と人として向き合う時間、共通する悩みを持つものが癒しあう時間が、MADには流れていた。立場を超えて、心のうちをさらけ出し、お互いを理解する。そんなつながりが、これからの飲食業の重要なキーとなっていくに違いない。


