1881年創業の服部時計店をルーツとする銀座・和光は、2024年、その原点であるクラフトマンシップやものづくりに光をあてる場として、本店地階に「アーツアンドカルチャー」を設立した。そこでは2〜3週間ごとに異なる展覧会が開催され、多様な角度から、日本の文化や美意識が紹介されている。
江戸時代にはじまる有松絞りを背景に2008年に誕生した「suzusan」は2025年、その和装ブランドとして「鈴三」を立ち上げた。和装の需要や担い手が減少するなかで、産地の伝統を未来につないでいくためのチャレンジである。同年11月末、アーツアンドカルチャーで開催された「suzusan – Colors in mind」で浴衣が披露された。
催事などを通じて数年にわたり和光の庭崎紀代子社長と交流のある「suzusan」CEO兼クリエイティブディレクターの村瀬弘行は、「両社の目指す未来が近しいところにある」と感じているという。文化と歴史を継ぐ二人の経営者の共通点とは。
──経営者であるお二人は、どれくらい先を見据えて舵取りをされているのでしょうか。
村瀬:名古屋市の有松で400年以上受け継がれてきた伝統とその価値を、次世代へどう伝えることができるか。それも保護するのではなく、使われる産業としてどう残すことができるかと考え、2008年にローンチしたのが「suzusan」です。
僕が「ブランドをつくりたい」「デザイナーとしてファッションの世界で成功したい」などと思って始まったのではなく、先人の叡智、技術を受け継ぎ、残していくためのひとつの手法としてファッションを選びました。

次世代に技術を伝えるという意味でも、suzusanでは創業当初から、デュッセルドルフでも有松でも、イタリア、イギリス、フランスなど世界各国からインターン生を累計70人ほど受け入れてきました。こうして地域から世界へ伝統工芸を発信する事例は、父・村瀬裕と共に中学校の国語教科書に掲載されています。
インターンで数カ月間を過ごした10代、20代の人たちや、教科書でsuzusanを知った子どもたちが大人になった将来suzusanで働いてくれたり、使ってくれたりと、今の活動が次世代につながっていけばと思っています。
僕の祖父が102歳で今も元気に過ごしていることもあり、現在42歳の僕はあと60年くらい生きたいと思っているのですが、そのとき、次世代の人たちが育った姿を見るのがひとつのゴールと言えるかもしれません。
目まぐるしい毎日の中で、経営者として目先のことを考える必要はありますが、数十年後の人たちが今の僕らの仕事を振り返った時に、手を抜いてるな、嘘をついてるな、と思うようなビジネスはしたくないと常々思っています。



