父親の助言に従い、より大きな構想に切り替え
マーメイズとラ・バイユーという2つのカジノも取得した。当初の構想は、ラスベガス・クラブを拡張・改修するものだった。しかし、合計8区画を手に入れた結果、スティーブンス兄弟は小さなTシャツ店と小規模なオフィスビルを除き、街区をほぼ丸ごと手中に収める形になっていた。これを見た彼らの父親は、「改修するより、もっと大きな構想に切り替えるべきだ」と助言した。
父の言葉が正しいと悟ったスティーブンスは、自らTシャツ店に直接足を運び、オーナーに交渉を持ちかけた。最終的に、小さなその店に1350万ドル(約21億円)を支払うことで合意した。この取引は、スティーブンスがこの一帯の用地を取得する過程で、面積あたりの価格が最も高額なものになった。
税制上の優遇措置を受けるため、コロナ禍でも工事を進める
こうして街区全体を手に入れた後、兄弟はクレディ・スイスとともに4億5000万ドル(約698億円)を借り入れ、自己資金からも5億ドル(約775億円)を投じた。開業目標日は2020年12月31日とした。その日までに開業できれば、税制上の優遇措置によって、巨額の建設費を早期に経費として計上でき、数年間は税負担を大きく抑えながら、借入金の返済を進められるからだった。
「この税制上の特例がなければ、計画は成立しなかった。それほど大きな意味があった」とスティーブンスは振り返る。
しかし2020年3月になると、新型コロナウイルスの感染拡大でラスベガス中のカジノが閉鎖に追い込まれた。スティーブンスは、コロナ禍はいずれ終わると賭け、税制優遇を逃さず投資を守るためには、工事を止めるわけにはいかないと判断した。プロジェクトマネジャーは工事を24時間体制に切り替え、結果としてサーカ・リゾートは予定より9週間早い同年10月に開業した。
「賭けには勝ったが、本当に胃が痛くなるような日々だった」とスティーブンスは振り返る。「寿命が5年は縮んだ気がする。これまで築いてきたキャリアがすべて一瞬で消えるかもしれないと思った」。
パンデミック後の反動で好調、月間約1550億円のカジノ収益に貢献
その見返りは翌年に訪れた。パンデミック後の反動で、「2021年と2022年は、ラスベガス史上でも屈指の好調な年だった」とスティーブンスは語る。この時期、ラスベガスのゲーミング収入(カジノ収益。賭け金から払戻金を引いた粗利益)は月間10億ドル(約1550億円)を突破し、その勢いは今も続いている。
スティーブンス兄弟は、現在も約2億ドル(約310億円)の負債を抱えているが、サーカ・リゾートの経営は安定しており、ダウンタウン地区全体も堅調だ。2023年から2024年にかけて、ラスベガス全体のカジノ収益は1%減少した一方、ダウンタウン地区では2.4%の増加を記録した。
カジノ産業やギャンブルビジネス分野を専門とする地元コンサルティング会社B Globalのマネージングパートナー、ブレンダン・バスマンは、「ラスベガスではタイミングがすべてだ。その点で、デレク(スティーブンス)はまさに絶妙な時期をつかんだ」と語る。「先見性に加えて、狂気ともいえる大胆な姿勢が必要だ。周囲が信じないようなリスクを引き受ける覚悟がなければならない。それが、シェルドン・アデルソンやスティーブ・ウィンを偉大にした理由でもある。そして、それこそがデレクがここまでやってこれた理由だ」。
ダウンタウン・ラスベガスでカジノ営業が許可されている、最後の区画
サーカ・リゾートの最上階、地上60階に位置する「レガシー・クラブ」で、エレベーターを降りた来訪者を迎えるのは、ラスベガスの歴史を築いてきた数々の人物の胸像だ。サム・ボイド、ベニー・ビニオン、ハワード・ヒューズ、カーク・カーコリアン、ジェイ・サーノ、スティーブ・ウィンといった顔が並ぶ。
自らのレガシーについて問われると、スティーブンスは「それを考えるには、まだ若すぎる」と即答した。そして、サーカ・リゾートが終着点ではないことも明らかだ。フリーモント通りを挟んだ向かい側のシンフォニー・パークには、彼と弟が所有する約6.8エーカーの土地が残っている。その場所は、ダウンタウン・ラスベガスでカジノ営業が許可されている最後の区画でもある。
「いずれはあそこでも、何かを仕掛けることになるだろう」と、スティーブンスはその土地の方向に目をやりながら語った。


