経営・戦略

2026.01.25 14:00

カジノ密集地ダウンタウン・ラスベガスを再生、「独立系カジノ王」58歳の野望

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自動車業界の有力サプライヤーを営む一族に生まれ、潤沢な資金でカジノを買収

ミシガン州グロスポイントで生まれたデレク・スティーブンスの父は建築家で、母は自動車部品メーカーを営む一族に生まれた数学教師だった。ミシガン大学卒業後、1993年までに母の家業、自動車業界の有力サプライヤーであるコールド・ヘディングのCEOとなった。スティーブンスは現在も、複数の自動車関連企業と2つの製造施設を持つ同社を率いている。ただし彼は同社について多くを語らず、「ガレージでやっているような小規模な会社だ」と述べている。

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もっともこの話は、自慢話の多い彼にしては珍しい謙遜だ。コールド・ヘディングが生み出した潤沢なキャッシュフローがあったから、スティーブンスとその弟はゴールデン・ゲートやThe Dという2つのカジノを買収できたのだ。サーカ・リゾートに投じられた5億ドル(約775億円)の資金は、これら2つの利益で賄われていた。

1つ目のカジノ、ゴールデン・ゲート・カジノを2006年に買収

スティーブンスがカジノ業界に参入したのは、2006年5月のある出会いがきっかけだった。その頃、所得税のかからないネバダ州に投資ポートフォリオを移すことを考えていた彼は、友人とともにラスベガスを訪れていた。ある日の午後、Tシャツにビーチサンダルというラフな格好でフリーモント通りを歩いているうちに、当時マーク・ブランデンバーグが所有していたゴールデン・ゲート・カジノに立ち寄った。

館内の電話を使ってオーナーに連絡を取ろうとしたところ、その日は秘書が不在で、偶然にもブランデンバーグ本人が電話に出た。スティーブンスは、カジノへの投資を検討していることに加え、すでにラスベガスにある有名カジノのリオの少数持ち分を保有し、リビエラには資金を貸し付けていることを説明したうえで、「単なる投資ではなく、実際にカジノを運営する側に回りたいと考えている」と伝えた。

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2人はそのままオフィスで話し込み、最終的に750万ドル(約11億6000万円)を支払うことで、スティーブンスはゴールデン・ゲートの50%の持ち分を取得することになった。そして、2008年までにカジノ規制当局にあたるネバダ州ゲーミング管理委員会から営業許可を取得し、約1000万ドル(約15億5000万円)でブランデンバーグの残りの持ち分も買い取った。昨年には、ホテルが建つ土地自体も1900万ドル(約29億円)で取得した。

「私は、土地を持つことが大事だとずっと思ってきたが、それは古いタイプの考えかもしれない。ストリップ地区ではここ最近、土地を手放すのが当たり前になっているからね」とスティーブンスは、サーカ・リゾートのオフィスで語る。

彼のこのやり方は、資金調達の選択肢を狭める一方で、リスクを抑える効果もある。「景気が減速したり、大きな不況が来たりすると、固定費としての賃料が重荷になるのは確実だ」とスティーブンスは説明した。

2011年に2つ目のカジノを買収し「The D」に改名

2011年、スティーブンスと弟は、近隣にあったアイルランド風のカジノ、フィッツジェラルズを買収し、既存の36階建ての建物に改修を加えたうえで、「The D」に名称を改めた。4年後、2人は老朽化が進んでいたラスベガス・クラブを約4000万ドル(約62億円)で取得し、同じ街区に点在していた複数の物件を買い集めた。その中には、カウガール姿のネオンサイン「ベガス・ヴィッキー」で知られる老舗ストリップクラブ、グリッター・ガルチも含まれていた(このネオンサインは現在、サーカ・リゾートの館内に置かれている)。

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翻訳=上田裕資

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