IQや学力の高さだけが人生の成功をもたらすわけではない。後天的に身につけることのできる力で、成功は可能となる―。アメリカで頂点を極めた人々を調査すると、見えてきた「規則性」があるという。
ノーベル経済学者のジェームズ・ヘックマン教授から、TEDのプレゼンテーションで圧倒的支持を得た心理学者、アンジェラ・リー・ダックワース准教授の研究に至るまで、多くの学者たちが挙げる人生を成功に導くキーワード。それが、「非認知能力」である。
「アメリカの一部の教育機関では、学力とあわせて非認知能力の通知表が存在します」
そう言うのは、教育経済学者の中室牧子・慶應義塾大学総合政策学部准教授だ。中室は6月に出版した『「学力」の経済学』で、科学的根拠に基づいて教育の費用対効果を検証。自称評論家のもっともらしい俗説より、大量のデータから観察される規則性を重視すべきだと説く。では、成功者に共通する非認知能力とは何か。
「ダックワース准教授がGRIT(グリット)と呼ぶのは、“やり抜く力”です。遠いゴールに向かって、興味を失わず、努力し続ける力です。ダックワース准教授らの研究によって、状況によらず、やり抜く力が強いことが成功の鍵となることが明らかになっています」
このやり抜く力のほかに、非認知能力には、意欲、忍耐力、自制心、自分の状況を把握する「メタ認知ストラテジー」、リーダーシップや社会性、すぐに立ち直ったり対応できる「回復力と対処能力」、創造性、好奇心など、さまざまなものがある。
非認知能力はどのようにして高めることができるか。まず、子供の褒め方を例にとろう。
「『頭がいいのね』と、もとから持つ能力を褒めると、子供は意欲を失い、成績が低下することがコロンビア大学のミューラー教授らの実験によって明らかにされています。」
「それよりも、『よく頑張ったね』と努力の中身を褒められた子供は、成果は努力によって決まっているのだと考えるため、より難しい課題に粘り強く挑戦しようとする傾向がみられたそうです」
また、中室はこう言う。
「締め切りを意識して計画的に宿題を終えたり、授業中に積極的に発言したり、先生や同級生との良好な関係を築いたりするといった非認知能力を在学中にきちんと獲得した高校生は、高校を卒業後も成功していることがアメリカの大規模な調査の中で明らかになっています。どんなに勉強ができても、自己管理ができず、やる気がなく、コミュニケーション能力が低い人が社会で活躍できるはずがありません。」
「ダックワース准教授の研究では、IQとやり抜く力には相関関係がないことも明らかになっていますので、ひょっとすると、もともとIQが高い人は自分の才能におぼれてしまうということがあるのかもしれません。学校の外に出れば、学力以外の能力が圧倒的に大切であることは多くの人がすでに実感していると思いますが、それが科学的にも明らかにされつつあるのです」
中室によると、こうした非認知能力は、家庭や学校での教育によって鍛えられるものであり、将来の年収、健康や幸福感など多岐にわたる効果を発揮するという。
また、神戸大学の西村和雄教授らの研究では、4つの基本的なしつけ(嘘をついてはいけない、他人に親切にする、ルールを守る、勉強をする)を親から教わった人は、それらをまったく教わらなかった人と比較すると、年収が86万円高いことが明らかになっている。勤勉性という非認知能力を培うのに重要なのが、親のしつけなのだ。
「親や教師にとってみれば、IQや偏差値は大変気になるものでしょう。一方、非認知能力は、どれほど子供の将来の成功にとって重要なものなのか、いままで十分に示されてきませんでした。この結果、しつけよりも、テストで100点を取ることのほうが大事だという価値観が私たちの社会に根付いてしまっているようにも感じます。」
「目の前の定期試験で数点を上げるために、部活や生徒会、社会貢献活動をやめさせたりすることは慎重であるべきかもしれません。長い目でみて子供たちを助けてくれるであろう非認知能力を培う貴重な機会を奪うことになりかねないからです」
中室は、「日本でもデータに基づくエビデンスを教育政策に反映させるべき」と言う。どんな教育が子供の人生をより豊かにするのか。その問いに改めて向き合わなければならないのは、大人のほうかもしれない。