医療を変えた「青い血」
化石から窺える進化の歴史も驚異的だが、カブトガニが現代医療に多大な貢献を果たしてきた事実は、それ以上に驚きかもしれない。
カブトガニの体には、私たちヒトのような鉄ベースの赤い血ではなく、銅ベースの「青い血」が流れている。研究者たちは、この古代の青い血(正確には血リンパ)に含まれる、変形細胞(amebocyte:アメボサイト)と呼ばれる特殊な血球細胞が、細菌の毒素に特殊な反応を示すことを発見した。変形細胞は、細菌の危険なエンドトキシン(内毒素)に接触すると、これを取り囲むように凝固するのだ。原始的な免疫系の防御システムだが、その実用的価値は非常に大きいものだった。
この凝固反応を、生物ベースのエンドトキシン試薬として応用できることがわかったため、この反応を基礎として、LAL(リムルス変形細胞ライセート)検査が開発された。研究者たちは、カブトガニの変形細胞からライセート(細胞内容物)を抽出し、エンドトキシンが存在する状況で凝固するような試薬を開発した。ライセートは、サンプルに混合する形で利用される。もしサンプル中にエンドトキシンが存在すれば、ライセートが凝固するか、検出可能な変化が生じるのだ。
1970年代にこの検査法が開発されて以来、LAL検査は全世界で使用され、ワクチンや注射薬、埋め込み式医療機器などが細菌に汚染されていないことを確認する試薬として重宝されてきた。
2017年の生物医学検査技法の研究から、カブトガニの血球細胞がいかに特殊であるかがよくわかる。エンドトキシンの痕跡に対して、これほど分単位で迅速かつ安定して反応する生物は、ほかにいないのだ。このためカブトガニの血球細胞は、薬剤や医療機器の品質管理において替えのきかない存在となっている。毎年、無数のLAL検査が実施され、公衆衛生を守り、命に関わる細菌感染を予防している。
カブトガニの進化はなぜ「止まった」のか
「3億年ずっと変わっていない」という言い回しを聞くと、カブトガニの時が止まっているかのような印象を受けるが、これは事実に反する。進化には、方向性や「あらかじめ定められた」目標は存在しない。進化はただ、生息環境に適した姿かたちへと、生物を変えていくだけだ。したがって生物は必ずしも、過去の姿かたちと異なるものへと進化していくとは限らない。
カブトガニは、自身の生態的ニッチ、つまり、浅瀬にある海底の砂地や、ぬかるんだマングローブ林などに極めて高度に適応していた。そのため自然選択は、劇的な変化よりも、安定性を優遇した。カブトガニはおそらく、現生のどんな生物よりも、進化生物学用語でいう「安定化選択(stabilizing selection)」を体現する存在だ。安定化選択とは、既存の形質の適応度が極めて高いために、そこから外れた極端な形質が集団から排除されていく現象を指す。
カブトガニのデザインは、氷河期、海面水位の変化、大量絶滅といった環境激変期を通じて、高い競争力を保った。このことから、彼らの形質が以下のような面で、極めて機能的であることがわかる。
・柔軟な採食パターン
・堅牢な対捕食者防衛
・環境変化に耐える強健性
ただし、形質の安定性は、カブトガニが3億年にわたって遺伝的に変化していないことを意味しない。現代のゲノム研究からは、カブトガニの系統において、はるか昔に全ゲノム重複(全遺伝子が倍加する現象)と再配列が起こったことが明らかになっている。このパターンは、古い起源をもつ生物種に一般的に見られるものだ。
このような遺伝的変化は、外見への影響こそ軽微あるいは皆無だったかもしれないが、分子レベルでのカブトガニの進化的プロセスが、実は活発だったことを示している。安定性は、あくまで形態の話でしかないのだ。


