スナバコノキの種子拡散がうまくいく理由
動物と違い、植物は筋肉がないので、能動的に急激な動きをとることができない。その代わりに、時間をかけてエネルギーをため込み、その力を一気に解放するしかない。スナバコノキのエネルギーは、種子内部の、乾燥して縮む部分と、縮まない部分の差から生じている。
簡単に言うと、果実が乾燥するにつれ、層状になった組織から水分が失われていくのだが、各層が乾燥していく速度はまちまちなことが多い。細胞壁が硬くて均一ではなく、縮み具合が一様ではないため、張力が生じる。その結果として、果実は実質的に、生物学的な圧力容器と化すわけだ。
『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』で2012年、ヒマラヤ山脈に自生するオニツリフネソウ(学名:Impatiens glandulifera)に関する研究が掲載された。この植物も、爆発して種子を放出するタイプの裂開果を持つ。この研究の中で、果実の壁に含まれているセルロース繊維が、特定の方向を向いて並んでいることが明らかにされた。
組織が乾燥するにつれて、この線維は、特定の方向へと縮もうとする力に逆らう。これによって、果実に歪みが生じ、弾性エネルギーが蓄積されていく。そして、房の継ぎ目がこの圧力に耐えられなくなった瞬間に、蓄えられたエネルギーがミリ秒の速さで解放される。そうやって起きる破裂は、人工的な機械システムに負けないほど高速だ。
物理学の観点から見ると、実に驚異的な現象だ。種子そのものが比較的小さいため、ごく短い距離で猛烈に加速する。それよりも驚きなのは、植物がこの離れ業をやってのける上で、神経やセンサーを使っていないのはもちろん、能動的に制御する方法すら持たないことだ。この爆発は純粋に、素材の特性と、幾何学的な構造が掛け合わされることで発生している。
スナバコノキは、弾性不安定性(elastic instability)を見事に利用した種の一例だ。つまり、システムに少しずつ負荷がかかっていき、それが特定のしきい値を超えた瞬間に、蓄えられたエネルギーが破滅的な勢いで放出されるのだ。こういった爆発的な種子の拡散は、リスクも非常に大きい。種子がやみくもに飛ばされるので、発芽に適した場所に着地する保証はないのだ。
とはいえ、うまく機能すればとても効果的だ。それに、進化という観点から見ると、たまに成功するだけでも、自然選択が有利に働くには十分なのだ。
スナバコノキの種子がうまく拡散されれば、兄弟木の種子と競い合うことがあったとしてもごくまれだし、種子が密集しすぎて生き残れなくなる確率も低下する。その上、親の木の近くでエサを待ち構えている捕食者から見つけられる可能性も低くなる。
スナバコノキに見る進化の驚異とは
生物学的な観点から見ると、スナバコノキは、植物が完全に受け身の生命体だというイメージを打ち破っている。植物は、ゆっくりと成長する生命体かもしれないが、だからといって複雑でないわけではない。スナバコノキの果実は、進化しながら効率的に最適化が進んだ、複合的な構造を持っている。とりわけ優れているのは以下の点だ。
・細胞壁が厚いこと
・繊維がすべて一方向に向いていること
・湿度を感知しやすいこと
・幾何学的な構造であること
小さな遺伝的変化が、組織の硬さや乾燥の速度を変え、種子の拡散距離に大きな影響を及ぼすことがある。そして年月とともに、進化はこうした異なる要素を精密に微調整していく(動物の解剖的な構造に対する場合と同じように、だ)。
高速道路を走る自動車よりも速いスピードで種子を飛ばす木なんて、あるわけないと思うかもしれない。それでも、実際に存在するし、その現象は繰り返し起こっている。その速さを測定することもできるし、自分の目で確かめることもできる。
森の中には、数え切れないほどの小さな適応が存在している。植物は決して、ただじっとしているだけではない。そのことを、自然界でとりわけ騒々しく、最も高速な方法で教えてくれるのがスナバコノキなのだ。


