1.相手の弱さを自分の武器にすること
誰かが自分にとって明らかに重要なことを共有したとき、その開示はもはや単なる情報交換ではない。それは、拒絶されることへの恐れ、羞恥心を伴う体験、あるいは自分がどう見られているかについての不安といった、いわゆる「弱点」を露呈することなのだ。
その心の開示を、嘲笑したり、他人に話したり、後の口論で持ち出したりして武器化することは、意図の有無にかかわらず、最も残酷な行為の1つと言える。なぜならそれは、相手があなたとの関係において感じている安心感そのものを脅かす行為だからである。
人が弱さを打ち明けるのは、多くの場合、相手に受け入れてもらえるかどうか確信が持てないときである。学術誌『Journal of Personality and Social Psychology』に掲載された2008年の重要な研究は、なぜこうした瞬間を丁寧に扱わなければならないのかを説明している。
研究者たちは、関係に不安を感じている個人ほど、安心を得るために弱さを表現しやすいというモデルを提唱し、検証した。しかし同時に、返ってくる反応が不誠実、あるいは安全でないと感じられた場合、その行為が逆説的に不安を強める可能性もあることが示された。
複数の研究を通じて、弱さを開示した参加者は、その後自分がどのように見られているかに強く意識を向けるようになった。相手が自分を弱い、あるいは依存的だと見ているのではないかと心配し、その結果、後に与えられた安心の言葉の真実性さえ疑うようになった。こうした疑念は拒絶感を予測し、それがさらに不満や一層の不安を生み出した。
簡単に言えば、弱さに対して十分な配慮がなされなければ、ほぼ確実に、さらなる自己意識の高まりを招くということである。
相手の心の開示を武器として利用するようなことをすれば、このプロセスは加速する。だが、最も深刻なのは、相手の最悪の恐れ、すなわち「自分をさらけ出したのは間違いだった」という思いを裏づけてしまう点である。その結果、相手はあなたとの関係を心の中で捉え直すことになる。あなたへの信頼は薄れ、感情的な警戒が始まる。そして将来、そのような開示は、控えられるか、防御的な形で行われる可能性が高い。
相手が開示した内容に衝撃や失望を感じ、それに即座に反応する前に、相手がその瞬間に至るまでに何をしてきたかを考えるために立ち止まってみよう。多くの場合、相手は頭の中で何度も会話をリハーサルし、コストと利益を天秤にかけてきたことだろう。
さらに重要なのは、相手は、その秘密や不快感を1人でしばらく抱え続けてきたという点である。この意味で、相手が共有した内容を嘲笑し、裏切り、非難し、拒絶することは、相手の勇気に対して罰を与える行為に等しい。
心理学的により健全な姿勢は、その体験に好奇心を向けることである。自分に対し、こう問いかけてみるとよい。
・なぜ、これを言葉にするのがこれほど難しかったのか
・長い間抱え込むことは、相手にとってどれほど辛いものだったのか
・もうそれを抑え込めなくなった今、相手はどんな気持ちでいるのか
相手が共有している感情に同意する必要はないし、明かされた行動を是認する必要もない。ただ、それをあなたに伝えるという行為が内包する「弱さ」を認識することはできる。その弱さを尊重できるかどうかが、相手との関係が安心できるものになるのか、それとも機能不全に陥るのかを決定づける。


