何十年も前から、自己認識(セルフアウェアネス)は、動物界の中でもごく限られた種だけに許された領域とされてきた。この領域に属する種として認められたものはほんの一握りで、類人猿のいくつかの種、イルカやシャチ、ゾウ、それから鳥類のうち1種(カササギ)に限られてきた。
研究者のあいだでは、げっ歯類から爬虫類、魚類に至るそれ以外の動物については、自己認識を持つグループの仲間に入ることはまずないと思われていた。そんななか、2019年になって、サンゴ礁に生息する魚が、研究者に再考を促すことになった。レーシングカーを思わせる白っぽいネオンブルーに、一筋の黒い線が入った小さな魚だ。
この魚は、ホンソメワケベラ(学名:Labroides dimidiatus)という。人の指ほどの体長しかないこの魚は、2019年発表の研究で、魚類としては初めて、自己認識に関する古典的なテストに合格したと報告された。
この報告は大きな衝撃をもたらし、たちまち議論を呼んだ。それまで魚類は、反射的な反応を見せるだけで、忘れっぽく、単純な認知能力しか持たないとされていた。彼らは間違いなく、自己認識を持つ動物とはみなされていなかった。
続けて、その5年後に行なわれた追跡研究が、議論にさらなる燃料を投下した。この研究チームは、「ホンソメワケベラが鏡に映る自らの姿を認識しているのか?」という問題にとどまらず、さらに深い問いを投げかけた。それは、「この魚が、自身に関する知識を、行動の指針として使うことができるのか?」というものだ。
この2つの研究結果は、魚類、そしておそらくは、自己認識そのものに対する私たち人間の理解に疑問を投げかけている。なぜなのかについて、以下に説明していこう。
鏡とマーク、魚を使った第1の研究
2019年に『PLOS Biology』に掲載された第1の研究の中心にあるのは、鏡像自己認知テストという、単純にも思える実験だ(ミラーテスト、あるいは英語の頭文字をとってMSRテストとも呼ばれる)。
このテストは、動物の認知能力の有無を確かめる研究において、長く用いられてきた歴史を持つ。このテストではまず、対象となる動物を、鏡を見ることができる環境に置き、鏡に映る自らの姿に慣らすための時間を置く。次に、この動物が(麻酔で)意識を失っているあいだに、鏡の助けがなければ見られない体の部位に、はっきりしたマークをつける。この動物がのちに鏡を使って、自身の体につけられたマークを調べたり、取り除こうとしたりする様子を見せたなら、これを自己認識能力があることを示すエビデンスと考える、というものだ。



