ミラーテストに合格する魚類はどれほど希少なのか?
2019年より前の段階で、鏡像自己認知テストに合格したと報告された魚類は、ホンソメワケベラ以外では、オニイトマキエイ(学名:Mobula birostris)の1種しかなかった。今日でも、このテストに合格した魚類はこの2種だけだ。
動物界全体を見ても、鏡に映った自分を認知できる種はいまだにまれだと考えられている。哺乳類の大半はこのテストに合格できない。鳥類もそうだ。合格する種は、我々人間が直感的に高い認知能力と結びつけるような形質を持っているケースが多い。具体的には、大きな脳や複雑な社会システム、長い寿命といったものだ。こうした特徴は魚類には当てはまらないが、それでもホンソメワケベラは、定説を打ち破る認知能力を示している。
この発見に対して特に大きな疑問を突き付けているのは、ミラーテストが自己認識を測定する普遍的な手段として作成されたわけではない、という点だ。これは、視覚に重きをおいたテストだ。また、つけられたマークに触ったり、対処したりできるような体を持つことを前提としている。また、その種に固有のスキルを、「認知能力に基づく深い洞察」と取り違えるリスクもある。また、見慣れたものには見えないという理由で、本当に存在する認知能力を見過ごしてしまうリスクも同じくらい存在する。
とはいえ、理由はともかく、ホンソメワケベラがこのテストに合格したのは事実だ。ここからは否応なしに、2つのうち1つの可能性が導き出される。それは、この小さな魚が我々が予想もしなかった形の自我を持ち合わせている、あるいは、このテストそのものが、我々が通常考えるカテゴリーを超えた認知能力の存在を明かすものだ、ということだ。
今では多くの研究者が、自己認識というのは、単一の「1か0か」という形質ではない、と主張している。自己認識はむしろ連続体の上に存在しており、体の認識以外にも、視点の確保やメタ認知、自伝的記憶などのさまざまな要素で成り立っているようだ。この意味では、ホンソメワケベラは、人間が常識的に思い浮かべるような「自己認識」は持っていないかもしれないが、自己認識に関する研究において意味のあるパズルの1ピースを持っている可能性はある。
このことは、学術界での議論を超えた意味を持つ。魚類が、自身のイメージを内面に取り込み、行動の指針として使う能力を持つのであれば、動物の精神に関する定説の多くに疑問が突き付けられる。さらに重要なのは、この知見が、我々の動物福祉や実験、倫理に対するアプローチを見直す動きに、さらなる後押しを与える点だ。これは特に、従来は単純な認知能力しかないように描かれてきた種で顕著になるだろう。
もちろん、これらの知見は、ホンソメワケベラがサンゴ礁の間を泳ぐ小さな哲学者であることを意味しているわけではない。ここでは、自分たちの知識の限界を自覚する「知的謙虚さ」が重要だ。
それでもホンソメワケベラは、動物の認知能力が驚くほど多様なこと、そして、我々の直感が当てにならない場面が多いことを教えてくれる。時には、人の指よりも小さい動物が、精神に関する定説をひっくり返すこともあるのだ。


