言うまでもなく、分業思考あるいは分業志向を嫌うといって、一人ですべてをこなさせるわけではないことも異国に一人で生活していれば身に染みて分かります。社会のメカニズムへの勘の無さや言葉の問題などに起因する部分もありますが、基本、人が生きていくにあたり普遍的なありようです。
「ぼくはね、子どもたちは愛嬌があればいいと思っているよ。愛嬌は生きていくにあたり必要」というボスの言葉は印象的でした。彼は7人の子どもを育てていましたが、その後、ぼく自身が子育てをするなかでもコアにおいた方針です。他人に依存することが下手だとサバイバルできない、と彼の言葉を解釈して良いです。
以上の経験は今から30年以上のものです。
世の中は大きく変わり、「シェア」という言葉が闊歩しています。固定的であった社会の流動性が増え、遠隔にあるコトやモノとの関係が結びつきやすくなる。シェアという行為が村落的なコミュニティにおける「人情」や「貸し借り」ではなく、知らない人をも巻き込んだ次元で通用するようになってきたのです。同時に「コラボレーション」も多用されます。
もう6年くらい前になりますが、エツィオ・マンズィーニ『日々の政治』を翻訳しながら、気づいたことがあります。勤務先が近い隣近所の2人が、どちらかの車で通勤しようとします。その際、所有者が運転した場合、もう一人は助手席に座るべきである、と。仮に後部座席に座れば運転手と客の関係になってしまいます。シェアやコラボレーションと分業を区別するラインのひとつの引き方です。
垂直統合で構造化されたなかでの分業から距離をとるべく努めてきたぼくが、シェアやコラボレーションの世界に入ってきたときに躊躇する一瞬がどこかといえば、そうした言葉がビジネスに自動変換されるときです。「ケア」と「介護」という二つの言葉にまつわる危うさも、そこにあります。
一方で、京都の繊維産業など、かつて分業によって成立していた生産体制がそれぞれの工程で歯抜けになり、「仕方なく」一貫生産に向かう姿にも接します。有松絞の「suzusan」が着物の世界に進出したのも、プロセスの一端を担っていた企業の廃業が背景にある、と村瀬弘行社長は語っています。
分業を可能にするのは安定したネットワークの存在です。そして、このネットワークは「運転席と助手席の関係」が必須だろうと思います。「運転席と後部座席の関係」ではない。
こう書いてきてふと思いました。ネットワークの維持は多数対多数ではなく、少ない複数の集合体でこそ可能なのだろうな、と。車の前列の運転席に座れるのが、せいぜい2、3人であるのは、同じ景色を常時眺められる人数はその程度という比喩に絶好かもしれないです。どうも、今回は車の話ではじまり、車の話でおわりです。


