「分業」が生むのは孤立か連帯か 「依存」とは何が違うのか

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展示を見終えて「分業」について考えたくなったわたしは、早速図書館に向かい、ある一冊の本に出会いました。デュルケームの『社会分業論』です。

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「社会学の祖」とも謳われるフランスの社会学者エミール・デュルケーム。彼が生きた19世紀後半は、人々がさまざまな自由を手に入れた一方で、孤独や貧困が個人責任となり、社会がバラバラになりつつあった時代です。

そんななかで彼は、分業の本質的な機能は作業の効率化ではなく、社会的な連帯を生むことだと主張。「機械的連帯」と「有機的連帯」という言葉を用いて「分業」の意味の転換を試みました。

「機械的連帯」とは、小さな村や家族など、みんなが同じ仕事、同じ信仰、同じ価値観を持ち、自動的に強く結びついているような昔ながらの社会のかたちを指します。一方で、農家が食べ物を作り、工場が機械を作り、教師が子どもに教え、医師が病人を診るというような、お互いが違うからこそ、有機的に補いあって生きていく近代のかたちは「有機的連帯」。仕事の分担が進むからこそ、互いに助け合う「連帯」が生まれ、社会はより複雑で強固になるはずだと考えたのです。

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このアイデアは、いまを生きるわたしたちにも響くものがあります。自由な生き方や多様性が祝福されるなか、何もかもが自己責任として問われ、どんどん孤立や分断が深まっていく。しかしデュルケームのまなざしで周りを見てみると、実際わたしたちは驚くほど多くの他者と連帯して生きていることに気づきます。

身近な例に、保育園を挙げてみます。3歳になるわたしの子どもは今、家族よりも多くの時間を園の先生や友達と過ごしています。すると知らないうちに、何かを譲ることや、怒っても手を出さないこと、自力で解決策を探すことなどをできるようになっていました。

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英語のことわざで「it takes a village(子どもを一人育てるには、村が一つ必要だ)」とも言いますが、ひとりの人間を形成する「親」は実親だけではない。多くの人に頼っているからこそ、子どもがより強固に育っていることを日々実感しています。

また、この記事を執筆するあいだにも、わたしは名前も顔も知らない多くの人たちが作ってきたパソコンやインターネットといった技術に支えられ仕事をしています。図書館やカフェで気持ち良く作業ができるのは、その場をメンテナンスし、居心地の良さを保ってくれている人たちがいるからです。

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文=前澤知美(前半)、安西洋之(後半)

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