推進派は合憲性を主張、州機関などは税収への悪影響を懸念
もっとも、この税構想が実際に法律として成立するまでには、なお多くの段階を踏む必要がある。PwCは分析の中で、「住民投票に進むには、州の認証を受けたうえで、6月下旬までに有効な署名を87万5000筆集める必要がある」と指摘した。仮に可決された場合でも、想定される課税対象者から、費用を惜しまない大規模な訴訟を起こされる可能性が高い。
こうした法的対立を見据え、制度の起草者も先回りした対応を取っている。2025年12月に公表された「専門家報告書」で、法学者3人と、富と不平等を研究するカリフォルニア大学バークレー校の経済学者エマニュエル・サエズは、「米国憲法が一般に富裕税を禁じているのは連邦税に限られ、州税には及ばない」と指摘する。州は、適正手続きなど基本的な憲法上の要請を満たす限り、住民の富や財産に課税する長年の権限を持ってきたというのが彼らの見解だ。この住民提案では、州憲法上の異議申し立てを封じる狙いもあり、州憲法の改正を明示的に盛り込んでいる。
この富裕税によってビリオネアが州外へ流出し、長期的に所得税収が減少するという主張について、制度設計に関わった4人の研究者は懐疑的だ。彼らは、そうした見方を事実に基づかない誇張だと反論する。4人のうちの1人で、ミズーリ大学の税法学者デービッド・ガメージは、「ほとんどが騒ぎ立てられているだけの話で、現実味はきわめて乏しい」と語る。
カリフォルニア州の超党派機関である州立法アナリスト局(LAO)は、そこまで楽観的ではない。12月に公表した簡潔な分析の中で、同局は、この制度によって州の個人所得税収が毎年、数億ドル(数百億円)規模、あるいはそれ以上減少する可能性が高いと結論づけた。ただし、フェルドハマーは、その試算はなお控えめかもしれないと指摘する。彼が助言しているビリオネアが事業ごと州外へ移転した場合、本人の所得税だけでなく、従業員が納める個人所得税や、企業活動に伴う法人税収も失われる可能性があるからだ。
カリフォルニア州の州所得税率はすでに全米で最も高く、最高税率は13.3%に達している。ここには、2004年に有権者の承認を受けて導入された、年収100万ドル(約1億6000万円)超に対する1%の付加税も含まれる。2012年には、個人で年収25万ドル(約4000万円)超、夫婦で50万ドル(約7900万円)超の課税所得に対して、3つの新たな高税率区分が一時的に設けられ、その後、この措置は2030年まで延長された。LAOが、これら高税率を恒久化する別の住民提案を分析した結果によれば、現在カリフォルニア州の個人所得税収の半分は、人口上位2%の富裕層からもたらされている。
しかし研究者は、サエズを含む経済学者が最近発表した、フォーブスの米国長者番付「フォーブス400」に名を連ねる富豪の納税実態を分析した論文を踏まえ、ビリオネアが州の個人所得税収に占める割合は約2.5%にすぎないと推計している。その理由として彼らが挙げるのは、超富裕層が、通常の高所得の経営幹部や医師、弁護士、中小企業オーナーなどの「上位2%」とは異なり、課税所得の発生を回避する手段をより多く持っている点だ。たとえば超富裕層は、株式を売却して課税対象となるキャピタルゲインを確定させる代わりに、保有株を担保に借り入れを行い、生活資金を賄うこともできる。
実体のない富への課税は、サンフランシスコの復興や新興企業に打撃となりうる
「ビリオネア税は、所得として実現しているかどうかにかかわらず、すべての富に課税することで、こうした不公正を直接是正するものだ」と、4人の研究者は住民提案に添えた意見書の中で述べている。
サンフランシスコの税務弁護士のシャーは、真の懸念はこの富裕税そのものではなく、成立する可能性は低いと彼が考えるこの増税案が、「誤ったメッセージ」を発してしまう点にあると指摘する。コロナ禍で低迷したサンフランシスコ経済は、足元でようやく回復の兆しを見せているが、その流れが損なわれかねないというのだ。「人工知能(AI)ブームによってサンフランシスコ地域は見事に息を吹き返し、追い風が生まれている。その勢いをこうした増税案が鈍らせるのではないかと、誰もが不安を感じている」とシャーは語る。
一方でフェルドハマーは、「すでに相当なダメージが生じており、状況は悪化する一方だ」と警鐘を鳴らす。彼が問題視するのは、急成長中のスタートアップの創業者が、2026年末時点で、実際には富を手にしていないにもかかわらず「書類上のビリオネア」と認定される可能性がある点だ。その後、株式を現金化する前に事業価値が急落したとしても、実体のない“紙の富”に対して税金を支払わなければならなくなる恐れがあると彼は指摘する。仮に企業価値が維持されたとしても、創業者は富裕税を納めるために最終的には株式を売却する必要が生じる。その売却益には、連邦税とカリフォルニア州税を合わせて37.1%のキャピタルゲイン課税がかかるため、所得税を支払うために多くの株式を手放さざるを得ず、結果として持ち株比率が大きく低下することになる。
ニューヨーク市で富裕層への増税を掲げるマムダニ市長が誕生
もっとも、富裕層への課税をめぐってビリオネアの反発を招いているのは、カリフォルニア州だけではない。ニューヨーク市は、州税と市税を合わせた個人所得税率が全米で最も高く、市の最高税率3.9%に州の最高税率10.9%が上乗せされている。2025年就任したニューヨーク市長のゾーラン・マムダニは、年収100万ドル(約1億6000万円)超に対する市の税率を5.9%に引き上げ、合計税率を16.8%にする公約を掲げて選挙戦を戦った。
多くのビリオネアが多額の資金を投じて彼の当選を阻止しようとしたにもかかわらず、マムダニは2025年11月の選挙で勝利した。この結果は、カリフォルニア州で富裕税案の阻止に動く人々にとって、無視できない不安材料となっている。


