自己啓発本の幸わう国か、それ以外か
さて、ここまで日米両国における自己啓発本の誕生経緯を語ってきたわけだが、そこで明らかになったように、この両国は資本主義的自由競争社会を前提とし、かつ「自助努力をして己の価値を高めた者が勝つ」という自己啓発本的価値観を育むことにより、急速な近代化を果たしてきた共通点をもつ。そしてその成功体験のうえに社会が成り立っているので、今では社会の仕組みと自己啓発本的価値観が密接に結びつき、両者を切り離すことができないところまで来ている。となれば、日本のビジネスパーソンが自己啓発本にあおられ、成功を最重要課題ととらえてしまうのも道理、これではまともな本が読めなくなるのも無理はなかろう。「だから自己啓発本なんてろくなものじゃない」-そんな声がどこからか聞こえてきそうだ。
だが、その声の主の皆さんにちょっとお伝えしておきたいことがある。実は自己啓発本は、世界中どこにでもあるものではない。本場と言えるのはアメリカと日本だけで、あとはスコットランドやカナダ、オーストラリア、それに北欧諸国など、プロテスタント系資本主義国でぼちぼち読まれている程度である。
逆に自己啓発本が根付かない国とはどういう国かといえば、「資本主義的自由競争社会が確立していない国」。その一例が独裁主義国である。社会の仕組みが独裁者の一存で決まるようでは、自由競争社会は成立しないからだ。それを言ったら共産主義国もそうだし、軍事政権が支配する国や、内紛続きで社会的安定がない国もそう。またイスラム国は宗教独裁の面があり、インドなどカースト制度のある国も自由競争社会とは言えず、どちらも自己啓発本が栄える状況にはない。
また「自己啓発本的価値観がない国」としてはカトリック国が挙げられる。自己啓発本の一丁目一番地は「節制・勤勉」であるわけだが、この教えはカトリック信者にはあまりアピールしない。これがアピールするくらいなら、シエスタ(昼食休憩)を3時間も取ったり、バカンス(有給休暇)を最低5週間も取るなどということは起こりえない......と言うと「カトリック信者に対する偏見だ!」というお叱りを受けそうだが、これはマックス・ヴェーバーが例の『プロ倫』のなかで、「カトリック信者が資本主義的営利にたずさわることが少ないという事実」を指摘しているのを、私流にかみ砕いたまでである。
さあ世界地図を思い浮かべ、そこから独裁主義国・共産主義国・軍事政権国・内紛国・イスラム国・カースト国・カトリック国を消してみよう。残るのはどこか?自己啓発本の幸わう国だけではないか?
そう、世界というのは「自己啓発本が幸わう国か、それ以外か」なのである。さて、ここで自己啓発本に批判的な方々に尋ねよう。あなた方はこのように二分された世界の、どちら側に住みたいですか、と。


