そして『自伝』以降、自助努力を通して立身出世を目指せと指南する「自助努力系自己啓発本」は連綿として書き継がれた。サミュエル・スマイルズの『自助論』(1859年)もそのひとつだし、ラッセル・コンウェルの『ダイヤモンドを探せ』(1890年)やオリソン・マーデンの『前進あるのみ』(1894年)もそう。これらが、そして同工異曲の自己啓発本の山が、19世紀のアメリカ人を野心家に変えた。しかも自己啓発本に叱咤され、「節制」を身につけたアメリカ中の野心家たちが「勤勉」に働き出したのだから、マックス・ヴェーバーが名著『プロ テスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で指摘しているように、これぞまさに資本主義社会の理想形。アメリカが資本主義大国として大発展を遂げたのは、かの国にフランクリン流の自己啓発思想が根付いていたからこそなのだ。そう、アメリカは自己啓発本の上に建国され、資本主義社会そのものが自己啓発本によってつくられたのである。
自己啓発本は太平洋を越える
アメリカをつくり、資本主義社会をつくった自己啓発本は、やがて太平洋をも飛び越える。
明治維新によって江戸時代の「士農工商制度」が崩壊し、己の才覚次第で自由に出世がかなう時代になった時、志ある日本人は野心に燃えた。だがその一方、その野心を出世の原動力にどう変えればいいかについては、誰にもわからなかった。
そこに登場したのが、当時340万部の大ベストセラーとなった福澤諭吉の『学問のすゝめ』という本。この本のなかで福澤は「天は人の上に人を造らず......とは言え、これからは学問を修めたヤツが社会階層を駆け上がるのだ!」と獅子吼くした。つまり明治の野心家たちに「まずは学問を積め」という明確な示唆を与えたのだ。『学問のすゝめ』が日本初の自己啓発本と呼ばれるのは、このゆえである。
ちなみに『学問のすゝめ』のなかに「フランキリン」への言及があること、また例の「天は人の上に人を造らず」という冒頭の一節自体、フランクリンが起草にかかわったアメリカ独立宣言の前文にある「すべての人は生まれながらにして平等であり......」を参考にしていたこと、さらには福澤自身、晩年に『福翁自伝』なるきわめて自己啓発的な自伝を書いたことなどからも明らかなように、福澤は常にフランクリンを意識していた。またそうであるからこそ福澤は、「時事新報」などの自前のメディアを使い、「これからの日本は銭の国たるべし」と主張、フランクリン流の資本主義の日本への導入に力を注いだのである。
かくして、ちょうどアメリカが『フランクリン自伝』を契機に資本主義国家として飛躍したのと同じく、日本もまた、フランクリンの思想を受け継ぐ福澤諭吉の『学問のすゝめ』という自己啓発本によって、資本主義に基づく急速な近代化を果たすこととなった。アメリカの高額紙幣 100ドル札にフランクリンの肖像があり、日本の高額紙幣1万円札に(少し前まで)福澤諭吉の肖像があったことの真意はここにあったのだ。


