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2026.01.16 13:15

東京は「世界の挑戦者のハブ」になれるか。大学発の国際ビジコンが拓く「シン・エコシステム」の可能性

wichayada suwanachun / Getty Images

異文化間の対話のプロセスがもたらす「推進力」

エサシたちのチームは、応募を決めた瞬間から「越境」の難しさにぶつかった。インドネシア人を含む多様なメンバー構成で、学部時代の専攻も職歴もみな違う。「『どの課題に取り組むのか』『誰のペインポイントを解決するのか』という根本的なところから話し合いを始めましたが、間口が広いスタートだった分、なかなか意見がまとまりませんでした」とエサシは振り返る。

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最終的に、最高の食事経験を山頂に届ける「MOUNTCHEF」(マウントシェフ)というアイデアに到達するまで約2週間かかった。しかし、その時間はたんなる摩耗ではなかった。対話のプロセスそのものが、チームのさらなる推進力に変わったのだ。

「『異なる』ことを前提に集まったチームだったからこそ、意見を伝えるときも聞くときも、『ちゃんと聞く』『ちゃんと言う』ことを強く意識していたと思います。正直でストレートなコミュニケーションを重ねた結果、何かが決まった瞬間に、4人が迷いなく同じ方向へ進めるチームになったことが、大きな強みでした」(エサシ)

時を同じくして、東京から約9000キロ離れたブルガリアでも、ソフィア大学のクリスチャン・ペトロフをはじめ3人の学生が国や時間の境界線を越えようとしていた。

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きっかけは25年10月末にさかのぼる。建築・土木・測地学大学(UACEG)のトマ・タセフからTGICの大会情報が届いた。大学の課題もあり、準備期間は限られていた。それでもペトロフたちはすぐにひとつ目の壁を超える決断をした。長年密かに温めていた、移動式火災早期警報システム「Fireball」(ファイアーボール)のアイデアの具体化に着手したのだ。

11月下旬、ペトロフたちのもとにファイナル進出の通知が届いた。その瞬間、3人の前にさらなる壁が立ちはだかった。ファイナル・ピッチは東京で開催される。現地までの交通費や滞在費はすべて自腹だ。かつ、ブルガリアと日本の間には7時間の時差がある。2週間以内に、東京に行く手段を確保し、すべての手配を終わらせなければならない。

そんな彼らをサポートしてくれたのが、ソフィア大学の学生自治会、カザンラク市長、そしてカザンラク・ロータリークラブだった。ペトロフは言う。

「日本とブルガリアの文化的・経済的な結びつきは良好で、両国は互いに尊重し合っていると私は確信しています。ブルガリアは毎年、数千人の日本人観光客を迎えています。私たちブルガリア人にとって、日本の動向は常に興味深いものです。そのため、私たちは(東京で開催される)コンテストへの参加にいっそう意欲を燃やしたのです」(ペトロフ)

こうして12月中旬、周囲の人たちに支えられながら、ブルガリアの若き勇士たちはファイアーボールのビジネスプランを携えて日本へと飛び立った。

「大会期間中に、私たちは2つの象徴的な障壁を乗り越えました。多忙な日常をこなしながらアイデアを練り上げること。そして、自分たちの成果を発表する場である東京にたどり着くことです」(ペトロフ)

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文/瀬戸久美子 写真提供/ツクリエ

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