筆者はこのほど、お馴染みの見出しのついた記事に出くわした。2026年までに人工知能(AI)が今あなたが持っているスキルを無意味にする、雇用され続ける可能性が狭まっている、今すぐ先手を打たなければならない、といった内容だった。記事のトーンは参考になるというより、息もつけないものだった。まるで執筆者が片手にストップウォッチを、もう片方にサブスクのリンクを持っているかのようだった。
記事のテーマは私の専門分野でもあり、その不安がどこまで広がるのか確かめたかったこともあって、最後まで読み進めた。そして案の定、説教の後の脚注のように、開示欄にそれは書かれていた。その記事は AI Skills Academy(AIスキルアカデミー)がスポンサーとなっていたのだ。
警告は中立的ではなかった。需要を生み出すためのものだった。
私が驚いたのは、スポンサーの存在ではなかった。その前提にある考え方だった。成長は「空っぽの状態」から始まる、つまり今のあなたでは不十分、という考えだ。
この記事は、読者がすでに価値ある何かを持っている可能性、それが新しいものを手に入れる前に強化する価値のあるものである可能性について、一度も問わなかった。記事のメッセージは単純だ。「あなたは遅れている。今すぐ走り出せ」というものだった。
だが、どこかで問わなければならない。何に向かって走るのか、と。
スキルについて不安になる本当の理由
私の勤務先である世論調査会社Gallup(ギャラップ)の2024年の調査によると、労働者の21%がテクノロジーによって自分の仕事がなくなることを心配している。この割合は、2021年は15%だった。さらに、フォーチュン500企業の最高人事責任者(CHRO)の72%が、今後3年以内に自社でAIが仕事を代替すると予測している。
恐れは現実のものだ。数字がそれを裏付けている。
だが、数字が示していないものがある。それは、その恐れが正しい方向を向いているかどうかだ。
数カ月前、あるマネジャーがなぜ同時に3つのAIブートキャンプに申し込んだのかを説明した。話しながらそのマネジャーは、それらの多くが自分の仕事とさほど結びついていないことに気づいた。ただ自分を「未来を形成できる人」に見えるようにする必要があっただけだった。
人が参ってしまうのは、学べないからではない。その学習が何の役に立つのか分からないためだ。
方向性のない自己開発は、演出へと変わる。忙しく、不安で、奇妙なほど中身がない。10個のスキルを獲得しても、それらをなぜ得たのか説明できなければ無力感は消えない。
目的がなくなると、習得そのものが対処行動になる。資格は前進のように見える。オンライン講座では安心感が得られる。だが、量イコール価値ではない。
スキルはそれ単体では勢いを生まない。すでに動いている何かを、増幅させるだけだ。
増幅させるものがなければ、学びは生かされない。十分な資格がありながらも求められず、使われもしない。



