AIは隠れみのをなくす
AIは、仕事を脅かしているとして非難されている。だが真のディスラプションは、もっと静かなところで起きている。
言い訳を排除し、長時間労働を隠れみのにできなくした。自分しか持っていない専門的な知識に、頼ることもできない。自分の仕事を代替できないものに見せるために、巧妙に作られた複雑さも通用しない。
機械はいまや「作業」を模倣できる。苦手とするのは「意図」だ。
AIは個性を押し潰したりはしない。むしろ、それを明らかにする。
それは居心地が悪いものかもしれない。
人は、滅多に自分が隠れていることを認めない。「最新の状態を保っている」と言い換える。そのほうが検証を避けられるからだ。だが自分の価値だと思っていたことをツールがこなす瞬間、「紛れもないあなたの価値として他に何があるのか」という問いが突きつけられる。
あなたがすでにやっていること
マヤは、はっきりと説明できない職務記述書のために何年も準備をしてきた。AIの基礎、アジャイル開発関連の資格、ビジネスストーリーテリング、戦略的整合性など。どれも間違っているとは思えなかった。ただ、自分の履歴書ではないように感じていた。
会議でマヤは、いつも同じことをしていた。混乱を明確さに変えることだ。
17枚のスライドと4つの競合するストーリーが並ぶプレゼン資料で、マヤは皆が別々の問題を解こうとしていることに気づかせる質問を投げた。関係者6人が製品のローンチで噛み合わない話をしていれば、ホワイトボードにタイムラインを描き、依存関係を可視化した。
同僚たちはマヤの知性を褒めず、物事の筋が通るようにしてくれることに感謝した。
華やかなものではなく、マヤ自身もそれを才能だとは思っていなかった。「本当の仕事」に向けてやっていることにすぎなかった。
ある日の午後、誰かが初めてマヤに「いつものようにやってくれないか」と言って会議をリードするよう頼んだ。
空気が変わった。皆が緊張から解き放たれ、霧が晴れた。
マヤは何か新しいことを学んだわけではない。ずっとしてきたことを無視するのをやめただけだった。
現在の職務で素晴らしい成果を出すのに必要とされるスキルを持っていると強く思っている従業員は、全体の半数にも満たない。しかしそう感じている人たちと話すと、会話は欠けているものから始まらない。重要でないものとみなしてきたものから始まる。
場の緊張をほぐすマネジャーは、指標の達成で評価される。複雑なことを意思決定に変えるアナリストは、スピードで褒められる。しかし、結果を変えている本当の貢献は、言葉にされることはない。
CHROのうち、従業員が将来必要とするスキルの開発に自社のアップスキルの取り組みが貢献していると強く考えている人は、わずか2%だ。
これは研修の問題ではない。認識の問題だ。
組織は従業員に新たな能力を獲得するように促す一方で、すでに仕事で示されている貢献を無視している。


