経営・戦略

2026.01.19 17:00

「メルセデスF1」を評価額9400億円超へ、トト・ヴォルフの経営哲学と組織改革

トト・ヴォルフ(Photo by Gabriele Lanzo - Gabriele Lanzo/Alessio Morgese/NurPhoto via Getty Images)

米国でのブームで資産価値が急騰する中、浮かれることなく足元を固める

今回のカーツへ持ち分売却は、F1というスポーツがこの数年で大きく様変わりしてきたことを端的に示している。将来の成長を慎重に見る投資家がいるものの、F1チームの評価額は急速に伸びている。現在のチームの平均評価額は、2023年を89%上回る36億ドル(約5652億円)に達している。

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F1の人気の拡大は世界的な現象だが、とりわけ米国ではネットフリックスのドキュメンタリー番組『Formula 1: 栄光のグランプリ』をきっかけに、新たなファン層を獲得した。2017年にリバティ・メディアが80億ドル(約1.3兆円)でF1を買収した判断は、結果として先見性のあるものだったと言える。現在、このスポーツは世界で約15億人のテレビ視聴者にリーチし、スーパーボウル級の熱狂を生み出している。

チームを取り巻く金額のスケールも、大きく変わった。ゼネラル・モーターズを後ろ盾とするキャデラックが、2026年に11番目のチームとしてF1に参戦することも、チームのオーナーになることが、米国の大企業にとって現実的な選択肢になりつつあることを示している。2025年の10チームは、年間1億3500万ドル(約212億円)のコスト上限のもとで運営されていたが、その上限は2026年から2億1500万ドル(約338億円)に引き上げられる。こうした変化の中で、F1チームの価値は高まっている。評価額60億ドル(約9420億円)とされるメルセデスのチームは、フェラーリと並ぶ存在となっている。

ヨットレースなどの多角化事業を整理し、本業のF1にすべてを集中

もっとも、チームの価値や収益性に注目が集まる一方で、ヴォルフ自身の視線は別の方向に向いている。彼自身の投資先は、アストンマーティンの株式1%から、スポーツテックや次世代モビリティ関連企業まで多岐にわたる。しかし、チーム代表として10年以上を率いてきた今、ヴォルフはメルセデスF1の多角化の取り組みを整理し始めている。アメリカズカップへの関与や、技術コンサルティングといった取り組みは打ち切られる見通しだ。

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「私たちはF1のレーシングチームだ。ヨットレースをやる必要もなければ、別のスポーツに関わる理由もない。やるべきことは1つで、F1にすべてを集中させる」とヴォルフは言い切る。

この判断の背景には、近年の苦戦がある。メルセデスは長くF1を牽引する存在だったが、2021年に空力規則が大きく改定されて以降、以前のような優位性を失った。同年、チームはコンストラクターズ選手権8連覇を達成したものの、ドライバーズタイトルは逃している。「あの年は、初めてすべてが噛み合わなかった」とヴォルフは振り返る。

規則変更をイノベーションの好機と捉え、新たな競争相手との戦いに備える

そして2026年、F1は大きな節目を迎える。100%の持続可能燃料の導入に加え、新世代のハイブリッドエンジンが本格的に採用される予定だ。ヴォルフは、この変化を立て直しの好機と捉えている。「F1が体現してきたのは、常にイノベーションだ。最先端の技術を試し、磨き上げる、世界で最も速い実験の場であり続けることに意味がある」。

2026年の規則変更は、技術面にとどまらず、ビジネスの面でも重要な転換点となる。キャデラックの新規参戦に加え、アウディも既存チームを通じてF1に加わる見通しで、自動車メーカーが技術力を競い合う舞台としてのF1は、再び存在感を強めつつある。メルセデスは、この新たな局面こそが自らの強みを発揮できる時代だと考え、ヴォルフは組織を引き締め、次のフェーズに備えている。

彼の戦略は明快だ。中核となる強みに立ち返り、カーツのようなシリコンバレーの知見を持つパートナーを取り込みながら、F1の次の成長局面に備える。米国でのF1人気は拡大を続け、現在は年間3レースが開催され、ラスベガス・グランプリは10億ドル(約1570億円)を超える経済効果を生んだ。そこに米国メーカーの参戦も加わる。

チームの33%の持ち分を、25億ドル(約3925億円)規模の資産へと育て上げたヴォルフにとって、重要なのは過去の成功ではない。これから訪れる次のサイクルだ。その現実を、ラッセルは冷静に受け止めている。「2025年は現実的に見てタイトル争いをする状況ではなかった。土台がまだ整っていなかったからだ。前進はしているが、一気に進むことはできない」と語る彼は、「成功は、一朝一夕には手に入らない」と付け加えた。

forbes.com 原文

翻訳=上田裕資

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