経営・戦略

2026.01.19 17:00

「メルセデスF1」を評価額9400億円超へ、トト・ヴォルフの経営哲学と組織改革

トト・ヴォルフ(Photo by Gabriele Lanzo - Gabriele Lanzo/Alessio Morgese/NurPhoto via Getty Images)

ベテランと若手のバランスを保ち、勝利の方程式を自ら壊して進化

エースドライバーのジョージ・ラッセルは、こうした哲学が組織全体に浸透していると指摘する。「トトは常に若さを信じ、次の世代を引き上げることを信条としてきたが、組織にはバランスが必要であり、経験者が横にいない状態で、若手をいきなり上位の役割に昇格させることはできない」とラッセルは語る。

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ラッセルは、その計算された判断の象徴として、自身と並ぶ形で若手のキミ・アントネッリを昇格させた決断を挙げる。「トトがキミを昇格させる自信を持てたのは、F1で7年目を迎え、レースにも勝ってきた自分が土台として存在していたからだ」と述べる。

そのうえでラッセルは、「勝ち続けている方程式があるときに、その方程式をあえて変え、次のサイクルを先取りする勇気をどう持つのかという点に、この哲学の核心にある緊張関係がある」と指摘する。

2025年12月7日、2025年F1アブダビグランプリでのキミ・アントネッリとトト・ヴォルフ(Photo by Luca Martini/SOPA Images/LightRocket via Getty Images)
2025年12月7日、2025年F1アブダビグランプリでのキミ・アントネッリとトト・ヴォルフ(Photo by Luca Martini/SOPA Images/LightRocket via Getty Images)

最悪の結果を受け止める覚悟を持ち、計算されたリスクのみを取る

その問いは、ドライバーの起用にとどまらず、より広い領域に及ぶ。ヴォルフの投資哲学もまた、同じように厳格だ。「私が取るのは、あくまで計算されたリスクだけだ。最悪の結果になっても、自分が受け止められる範囲に収まるものしか選ばない」。

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この姿勢の背景には、幼少期の体験がある。ヴォルフの父親は脳腫瘍を患い、事業に失敗して多額の負債を抱えたまま亡くなった。「子どもの頃に、あの形で父を失ったことは、強烈なトラウマだった」とヴォルフは振り返る。医師だった母親は、その後何年もかけて負債の返済を続けた。「だからこそ、私自身や家族の人生に悪影響を及ぼしかねないリスクは取らない。それが理由の1つだ」。

その結果として「相当な利益を取り逃してきた」とヴォルフは認めるが、後悔は一切ないという。最悪の事態を想定した慎重な判断こそが、結果的にヴォルフをF1の中枢へと導く意思決定の土台となった。

ヴォルフは若い頃、GTレースやニュルブルクリンク24時間レースなどに参戦するレーサーとして活動していた。そのキャリアと並行して投資の世界に足を踏み入れ、1998年には、インターネットとテクノロジー企業への投資を主軸とする投資会社を設立した。ITバブルのただ中での起業だった。

その後の投資先には、DTMでメルセデス・ベンツ車両の開発・運営を担い、F3向けエンジンプログラムも手がけるHWA AGの上場案件などが含まれている。2002年には、F1世界王者に2度輝いたミカ・ハッキネンとともにレーシングドライバーのマネジメント会社を設立し、自身も再びレースに参戦した。

ヴォルフがメルセデスへと近づくきっかけは、ビジネスとしての判断だった。2009年、彼はウィリアムズF1の株式16%を取得し、3年後には同チームの非常勤取締役に就任する。2012年、その年にウィリアムズが挙げた1勝は、結果的に同チームにとって最後の勝利となった。

雇われ社長のオファーを拒否し、自ら出資するオーナーとして経営権を握る

同じ2012年、成績不振に苦しんでいたメルセデスは、チームの課題を洗い出す役割をヴォルフに依頼した。ヴォルフは、チームが掲げるタイトル獲得への期待と、実際にはトップ6前後にとどまっている現実との間に、大きなズレがあると指摘した。その2カ月後、メルセデスはヴォルフにトップ職への就任を打診する。しかし彼はこれを断った。自分は組織に雇われる立場ではなく、起業家であり続けたいと考えたからだ。

そこでメルセデスは、経営体制そのものを組み替える決断を下す。アブダビの政府系ファンドが保有していたチーム株式の40%を買い戻し、ヴォルフ自身がオーナーとして参画できる体制を整えた。

黄金期を築いて資産価値を高め、スポーツ界屈指の収益力を実現

この判断は、40倍のリターンを生んだ。最近までヴォルフは、メルセデスF1チームの33%を保有し、それが彼の資産形成の中核となっていた。現在、メルセデスはスポーツ界でも屈指の収益力を誇るチームとなっており、2024年の営業利益は2億200万ドル(約317億円)に達している。

ヴォルフがオーナーとして関与する体制のもと、メルセデスF1は2014年から黄金期に入った。コンストラクターズ選手権とドライバーズ選手権を同時に制するシーズンを7年連続で重ね、その期間に行われたグランプリの約74%で勝利を収めた。

ヴォルフが次に打つ大きな一手は、メルセデスのF1チームをさらなる高みへ押し上げることを狙ったものだ。視野に入れているのは、ドライバーズ選手権8度目、コンストラクターズ選手権9度目のタイトル獲得だ。

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翻訳=上田裕資

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