「極端な労働時間、極端な当事者意識」がスタートアップ経営の最高の準備に
ミューラーは、約20年に及んだスペースXでの日々を、「極端な労働時間、極端な当事者意識だった」と表現する。マスクは深夜であろうと構わず社員に電話をかけ、オフィスに呼び出すことをためらわなかったという。「逃げ場はまったくなかった」と、彼は振り返る。
2009年から2020年までエンジニアとしてスペースXに在籍していたローラ・クラブツリーも、1日14時間、目の前の仕事に没頭し続けた日々を覚えている。彼女は「常に水の中で溺れそうになっている感覚だった。圧倒され、働きづめだという気持ちがずっとあった」と明かす。2020年に同社を離れ、エンジニアリング向けソフトウエア企業Epsilon3を創業した。「でも、あの環境こそが、スタートアップを経営するための最高の準備になった」とクラブツリーは言う。
スペースXが築いてきた「製造業としてのDNA」
投資家は、こうした人材の精神力のみならず、スペースXが築いてきた「製造業としてのDNA」を受け継ぎ、驚異的なスピードで事業を立ち上げていく点を高く評価する。多くの航空宇宙・防衛大手が部品の大半を外注に頼るのに対し、スペースXはロケットの主要部分を自社で製造してきた。この戦略によって、テストの頻度を高め、迅速に改良を重ねることが可能になっている。
安価な部品で年20回以上の試験を実現した、Castelionのミサイル開発
例えば、元スペースX社員のブライオン・ハーギス、ショーン・ピット、アンドリュー・クライツが創業したミサイルメーカーCastelionが挙げられる。同社は、既存の航空宇宙サプライヤーから高価な完成済みの部品を入手するのではなく、自動車産業など非伝統的な供給元からより安価な部品を調達し、社内で組み立てる手法を採っている。このやり方によって、Castelionは2025年だけで20回以上のミサイル試験を実施した。既存の大手企業では、試験は年に数回が一般的だ。
「彼らは“イーロン・マスクの学校”で学んだ。世界最高水準の製造をどう実現するかを理解している」と、Castelionの初期投資家キャサリン・ボイルは評価する。アンドリーセン・ホロウィッツのアメリカン・ダイナミズム・ファンドを率いるボイルは、宇宙機メーカーApexの投資家でもある。
あらゆる工程を疑い、不必要なものを徹底的に排除する「スペースXのアルゴリズム」
スペース・キャピタルのアンダーソンは、スペースX出身の創業者が、あらゆる工程を疑い、不必要なものを徹底的に排除する、いわゆる「スペースXのアルゴリズム」に基づく思考も高く評価している。「スペースXを特別な存在にしている最大の要因は、この思考様式だ。結局のところ、最も重要なのはカルチャーにある」と彼は語る。Altimeter Capitalのパートナーであるエリック・クリースマンを含む複数の投資家も、この分野への投資判断を下すにあたり、元スペースX出身の創業者の大半と面談してきたと明かす。クリースマンは2025年、Castelionの3億5000万ドル(約550億円)の資金調達、衛星メーカーK2 Spaceの2億5000万ドル(約393億円)のラウンドに参加した。
株式報酬の権利確定日が、新たな起業家を生み出すサイクルに
近年スペースXの評価額が急上昇し、社員が保有する株式持ち分の価値が大きく高まっていることも、こうした動きを後押ししている。スペースXの社員は、5月15日と11月15日の年に2回訪れる株式報酬の権利が確定する節目を過ぎた後、一区切りをつけて同社を離れることが少なくない。ハーギスによれば、Castelionの共同創業者3人が初めて起業について話し合ったのも、まさにその時期だったという。3人は2022年11月にスペースXを離れ、正式にCastelionを立ち上げた。
こうした権利確定の節目は、有望な次世代の創業者を探す投資家にとっても重要な節目になっていると、アンダーソンは語る。ただし、最終的に最大の関心が集まるのは、「究極の節目」ともいえるIPOの行方だ。


