起業家

2026.01.17 16:00

家族経営で評価額6000億円、全米トップのビーフジャーキー「ジャックリンクス」を生んだ79歳

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次男トロイ・リンクは、家業の解体工程からスタートし常に自分をアップデートすることを学んだ

リンク家が食肉加工からジャーキー製造へと軸足を移した頃、次男トロイはすでに数年間、ウィスコンシン州ミノングにあるリンク家の食肉処理・加工業の現場で働いていた。本稿冒頭で挙げた食肉加工事業だ。最初は解体工程に立ち、その後は脱骨ラインも経験したという。「そのとき学んだのは、常に自分をアップデートし続けなければならないということだ」とトロイは語る。

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ウィスコンシン大学スタウト校を卒業後の1993年、トロイは家業のリンク・スナックスへ戻った。当時、会社はすでに黒字化を果たし、成長軌道に乗っていた。ジャックリンクスは、中西部ではよく知られたブランドで、特にガソリンスタンドで人気を集めていたが、まだ地域外への本格展開は実現していなかった。

1990年代初頭、ブランドを全米へ押し上げるきっかけとなったのが、ビーフスティックをチーズスティックとセットで売り出すというマーケティングだった。「突然、作れる量をはるかに超える注文が入るようになった」とトロイは振り返る。

この成功を受け、人口およそ500人のミノングには、リンク家が手がけるさまざまな事業が次々と生まれた。自動車販売店やRVディーラー、ボートディーラー、家具店、食料品店などが立ち並び、地域の風景は一変した(このうち後者3業態は数年前に閉店している)。リンク家はまた、周辺に広大な牧場や農地を所有しており、ジャックは今も毎年、牛の群れを維持している。

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袋入りジャーキーのヒットで収益構造が一変

事業全体の指揮を父ジャックが執る一方で、次男トロイは営業、マーケティング、原材料の調達を担当していた。そんな中、トロイはジャックリンクスが袋入りのビーフジャーキーを売るべきだと考え、早い段階で大きな転機をもたらした。「当時は、そんな商品は存在しなかった。5ドル(約790円)の商品が売れるなんて、誰も思っていなかった」とトロイは語る。

トロイがこの構想を父ジャックに持ちかけたところ、ジャックは「そんな展開を支える資金はない」と難色を示した。しかしトロイは、コストを極力抑える計画を練り上げた。最終的にトロイは父を説得し、4つのフレーバーを3サイズで展開することが決まった。1997年、ジャックリンクスはジッパー付きの袋入りジャーキーを販売した初のブランドとなった。

ウォルマートやターゲットが取り扱いを始めると、売上はほぼ即座に急増した。「発売した瞬間から、まったく生産が追いつかなかった。棚に並べても、すぐに売り切れてしまった」とトロイは振り返る。

現在、ジャックリンクスの袋入りビーフジャーキーは、全売上高の50%以上を占める主力商品となっている。だが、この転換がもたらした最大の成果は、収益構造の改善だった。それまで同社が扱っていたのは、サイズによって50セントから1ドル(約79円~約158円)で売られるミートスティックのような単価が極めて低い商品が中心だった。それが袋入り商品の導入によって、1個で数ドル(数百円)を稼げるようになった。

こうして積み上がった追加の利益が、事業の財務基盤を強化した。流通網はコストコやバス・プロ・ショップスへと広がり、ジャックリンクスは中西部の枠を超えて本格的な全国展開を進めていった。

会社を離れた兄ジェイとの対立を経て、株式を買い戻す

トロイは2003年にリンク・スナックスの社長に就任したが、その翌年、兄ジェイが度重なる対立の末に会社を離れた。リンク家は2005年、事前の合意に基づきジェイに株式売却を求める訴訟を起こし、これに対してジェイは、父ジャックと弟トロイが割安な価格で株式を買い取ろうとしたのは受託者責任に反するとして反訴した。両訴えは2008年にウィスコンシン州の州裁判所で審理され、6週間に及ぶ裁判の末、陪審は、ジェイが会社を離れた日以降の給与を受け取る権利は認めた。株式については、あらかじめ定められていた1940万ドル(約31億円)で手放すべきだと判断した。陪審は、ジャックとジェイの双方にそれぞれ500万ドル(約7億9000万円)の懲罰的損害賠償の支払いを命じたが、ジェイが受け取ることになっていた損害賠償額は、その後の控訴審で80%以上減額された。

2013年にトロイがCEO就任、同時期に業界が買収ブームに突入

こうした法的混乱のさなかにあっても、ジャックリンクスの売上高は2005年に急伸し、その後も勢いを増し続けた。

2013年にトロイがリンク・スナックスCEOに就任した時点で、推定年間売上高はすでに10億ドル(約1580億円)を突破していた。この時期は、ミートスナック業界全体が大きな変動期に入った時期でもある。2015年には、ハーシーが高級ジャーキーブランドのKrave(クラヴ)を2億4000万ドル(約379億円)で買収し、続いてゼネラル・ミルズが、牧草飼育のバイソンバーを手がけるEpic Provisions(エピック・プロビジョンズ)を推定1億ドル(約158億円)で買収した。これをきっかけに、プライベートエクイティやベンチャー投資家の関心が一気に高まった。

「競合はかつてないほど増え、しかも質も高くなった」とトロイは語る。「品目を絞り込むことに徹底的に集中している競合もいる。商品点数が少ないほど、回転率は高くなる」。

上場企業や潤沢な民間資本に支えられた新興ブランドと競うため、トロイは事業規模の拡大に踏み切った。ユニリーバのミートスナック部門を買収し、ジャックリンクスの事業はヨーロッパにも広がった。

その間もジャックリンクスの売上は堅調に推移したが、ハーシー傘下に入ったクラヴは苦戦を強いられた。クラヴ創業者ジョン・セバスティアーニは、2020年に自身の投資会社ソノマ・ブランズを通じて同社を買い戻し、別のジャーキーラインであるChef’s Cut(シェフズ・カット)を買収した。流通網の混乱を立て直すには数年を要したが、ここ1年で状況は好転している。従来はジャーキー専業だったクラヴが、初めてミートスティックを投入したことも追い風となった。2025年には、クラヴとシェフズ・カットが合計1万6000店舗へと販路を拡大し、アルバートソンズ、クローガー、コストコ、ウェグマンズ、H-E-Bなどでも取り扱いが始まった。

一方、別のジャーキーメーカーStryve(ストライブ)は、2021年に特別買収目的会社(SPAC)を通じて上場を果たしたものの、その後ほぼ崩壊状態に陥っている。赤字が続くStryveの株は現在、ペニー株として取引されている。

「参入して失敗した企業のほうが、成功した企業よりもはるかに多い。我々は限られた棚スペースの中で、より多くの売上を生み出さなければならない」とトロイは言う。

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翻訳=上田裕資

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