伝統楽器をギターに持ち替えて
そんなことがあってから、気がつくと1年近い月日が経っていたが、12月のある週末の夜8時前、筆者は再び自転車で「ドパム」を訪ねた。噂で聞いた彼のライブ演奏を聴くためである。
以前もそうだったが、その日、2人の小さな娘を連れたウイグル人の家族が来店しており、ほのぼのとした雰囲気のなか、店内にある小さなステージで彼のエキゾチックな歌声と、1年前に披露された民族楽器のドゥタールの演奏を聴いた。
これは池袋の「老綏元」というモンゴル料理店で聴いた馬頭琴奏者のナラントヤさんも同じなのだが、最近の中国出身の演奏家は、シンセサイザーによるムードたっぷりの重厚な伴奏とともに、伝統楽器を奏でるので、迫力のあるステージが楽しめる。
その日の彼の演奏には、民族音楽風の曲だけでなく、現地で親しまれているモダンなポップスやヒップホップ系の明るい曲もあった。このときの彼は伝統楽器ではなく、ギターを手に持ち替え、伸びやかな声で軽快に歌い出した。
すると、ウイグル人家族の2人の娘たちはテーブルを離れ、彼のステージの前で踊り始めた。2人に聞くと、3歳(保育園児)と6歳(小学1年生)で、日本語もきちんと話す。その愛くるしい光景に、筆者は思わず息を呑んでしまった。
なかでも、筆者がいちばん気にいった曲がある。それは哀愁漂う泣かせる曲で、その日以来、しばらくメロディーが頭を離れなくなったほどだ。
あとで彼に訊くと、その歌は、ウイグル人なら誰でも知る、1980年代に現地で流行した「دېكابىر (Dikabir)=ウイグル語で12月の意味」という歌謡曲だそうで、YouTubeでも多くのウイグル人アーティストにカバーされているようだった。
彼の演奏に酔いしれ、胸いっぱいになりながら、日本で暮らすウイグル人一家の様子を眺めていると、はしなくも涙腺がゆるんでしまうのだった。こうした当たり前の暮らしがある日本は、彼らにとって「避難所」なのだろうと思ってしまったからである。


