成増のウイグル料理店で聴く異国の旋律
もう1つのシルクロードの民、ウイグルの人たちの店として、筆者は以前、「都内で続々開店! シルクロードの味が楽しめるウイグル料理店探訪記」というコラムで、上野にある「シープマン」という店で観た若いウイグル人男性歌手のライブの話を紹介し、次のように書いたことがある。
<その旋律や歌声は、どこか哀愁を帯びたロシアポップスのようでもあり、情熱的でエキゾチックな中央アジア風でもあった。(中略)筆者はこれまでウイグルの伝統楽器による音楽を何度か聴いたことがあったが、現代ウイグルポップスを聴くのは初めてで、とても新鮮だった。音楽的にみれば、彼らの文化は中華圏とはまったく別世界、むしろユーラシア的な広がりを感じさせるものだった>
彼の演奏を聴いて以来、ウイグル音楽にも惹かれるようになった筆者は、昨年初め、若いガチ中華インフルエンサーの阿生さんがポストしたXを見て、東京の東武東上線の成増に「ドパム」というウイグル料理店がオープンし、ライブ演奏が行われていることを知った。
この店は自宅から少し離れてはいるが、自転車で行けない距離ではないことから、ペダルを漕いで、初めて訪ねたのは1年前のことだ。
開店時間の夕刻5時半頃、店を訪ねると、まだ客は誰もいなくて、1人のウイグル人男性が座っていたのだが、それがこの店のオーナーのショークレト・ヤスンさんだった。
彼は筆者の顔を見るなり「あなた、ウイグル人?」と冗談を言った。中国を訪ねた折、現地の人から同じようなことを言われたことがあったが、当のウイグルの人から親しみを込めてそう言われると、笑って返すしかなく、そのうち自然な流れで彼の身の上話を聞くことになった。
驚いたことに、ヤスンさんは筆者が大阪で何度か足を運んでいた「シルクロードムカーム」と「トルファン」というウイグル料理店のオーナーの父親で、新疆芸術学院の元学院長だった人物の教え子だったことが判明した。ちなみに、元学院長は日本留学の経験があった。共通の知り合いがいることがわかり、すぐに打ちとけたのだった。
その日、彼は客のいない店内で、ウイグルの伝統的な弦楽器であるドゥタールの生演奏を披露してくれた。その耳慣れない異国の旋律と歌声を目の前で聴きながら、筆者は自宅から自転車で乗りつけた先で起きている出来事がにわかには信じられない思いに駆られたのだった。
その後、彼の勧めるナラン麺というウイグルのスープ麺をいただいた。なんでも彼の故郷の料理なのだということだった。
ヤスンさんは、料理を筆者のテーブルに運んできたあと、次のように話した。
「うちでは中国の料理のような調味料はたくさん使わないので、自然な味がするでしょう」
これは新疆ウイグルの料理も、華人による味つけと、もともとの住人であるウイグル人による料理では違いがあることを紹介したコラム「最近都内で見かける新疆料理は、急増するウイグル料理とどう違うのか?」 で書いた話のとおりである。
すなわち、彼の店の料理は華人の手による新疆料理のような大量にトウガラシを利かせていない味つけが特徴だ。それはモンゴル料理がメインランドと内モンゴルで味が異なるのと同様である。
帰宅して、彼の中国語名を「百度」という中国の検索サイトで調べると、1988年に新疆ウイグル自治区バインゴリン・モンゴル自治州ホショード県で生まれた彼は、上海音楽大学で作曲を学んだのち、現地で音楽活動をしていたことが書かれていた。
中国の動画サイトや一部のYouTubeには、彼の作曲した本格的な交響楽作品の演奏の様子なども配信されていたが、最近来日したことも知った。


