1. 高圧に耐える骨格
シンカイクサウオは、緻密で硬く石灰化した骨ではなく、薄く、部分的にのみ骨化した骨格を持つ。すなわち、骨というより軟骨でできている。この柔軟性により、数百気圧の高圧にさらされていても、他の生物のように体がぺちゃんこに潰れずにすんでいる。
実際、頭蓋骨すら完全に閉じていないことが、前述の研究で指摘されている。この構造が生む隙間は、身体内外の圧力を均等にする役割を果たしている可能性が高い。
2. 物理法則に抗う細胞
もちろん、高い静水圧(水中にある物体に全方向からかかる一様な圧力)が脅かすのは骨だけではない。高い静水圧は、分子レベルの生物学的機能も攻撃する。超深海環境では、タンパク質が完全にアンフォールディング(立体構造が破壊され、機能の喪失につながること)を起こし、細胞膜も硬化する可能性がある。すなわち、我々が知る生命活動は、まったく停止するのだ。しかしシンカイクサウオは、以下の方法でこれに対抗している。
・TMAO(トリメチルアミン-N-オキシド)の蓄積
この有機分子は、タンパク質の変形を抑制する。実際、魚類体内のTMAO濃度は、生息深度に比例して増加すると予測される。シンカイクサウオは、この比例関係を極限まで利用しているのだ。
・脂質膜の適応
シンカイクサウオの細胞膜は、特定の脂肪酸を多く含み、氷点に近い水温と高圧環境下でも、膜の流動性を保つ。
・ストレス応答タンパク質の強化
遺伝子解析により、シンカイクサウオは、熱ショックタンパク質と輸送体に関連する遺伝子ファミリー(類似遺伝子の組み合わせ)を拡大させていることが明らかになった。これらは、ストレス下でタンパク質の機能を維持するシステムだ。
言い換えると、これらの魚は、地球上のほぼすべての生物を死に至らしめるような環境下でも、安全に生きられるツールキットを、分子レベルであらかじめ備えているのだ。


