「愛」という名の「頑張りすぎ」
頑張りすぎることは、社会的に最も良く見られがちなパターンの1つである。これはしばしば、全員のニーズを先回りして満たそうとする責任感、感情的な余白を吸収すること、あるいは衝突が表面化する前にそれを和らげる行動として表れる。しかし、知らず知らずのうちに、こうした献身があなたを消耗してしまう。
強迫的な「頑張りすぎ」の習慣は、幼少期に形成されることが多い。多くの子どもは、褒められたりといった、明らかな、もしくは目に見えない「報酬」を通じて、人間関係における親密さは「役に立つこと」「従順であること」「不可欠な存在であること」によって保たれるのだと学ぶ。たとえば、養育者からの情緒的な関与を十分に受け取れなかった人は、他者のニーズに過敏に反応することがある。成人後、こうした傾向は、人間関係全体の感情的・認知的マネジメントを、知らず知らずのうちに片方のパートナーが一手に引き受けてしまうような状況へとつながる。
2019年にSex Rolesに掲載された研究は、家計負担などが比較的均等である場合でも、家事運営に伴う精神的・感情的労働、すなわち予定調整、秩序の維持、子どもの感情状態の把握といった役割を、女性が不均衡に担っていることを示している。この研究で、家族の感情的・実務的機能の管理に主に責任を負っていると感じていた女性は、情緒的および身体的な親密さを考慮に入れた後であっても、人生における満足度の低下、役割の過多、パートナーとの関係の満足度の低下が見られることが分かった。つまり、親密さだけでは、関係の管理者であることによる心理的コストを相殺できなかったのだ。
このパターンを断ち切ることは、冷淡になったり、与えることをやめたりすることを意味するのではない。むしろ、すべてを修復しないことで生じる不快感に耐える力を育てることである。そのためには、自分が必要とするスペースを確保し、パートナーが行動し、時には失敗する余地を与え、人間関係におけるダイナミズムを保つために慌てて介入しないようにすることが重要である。
この状況で使える簡単な判断基準は、次の問いを自分に投げかけることだ。
「もしパートナーとの関係の中で、先回り、リマインド、緩和、吸収を1週間やめたら、それでも関係は機能するだろうか」
答えがノーであれば、その関係の問題はあなたの努力不足ではなく、その構造自体にある可能性が高い。


