人口減少で市場が縮小するなか、現状維持は企業にとって衰退を意味する。そうした危機感のもと、シック・ジャパンは、日本のウェットシェービング市場で30年連続トップシェアを維持しながらその価値を再定義し、次世代企業へと変貌を遂げている。
外資・日系・スタートアップを横断して採用支援を手掛けるエンワールド・ジャパン代表取締役社長・山本裕介氏が、シック・ジャパン マーケティング本部長の疋田智彦氏と北アジア人事本部長の江目まゆみ氏に話を聞き、変革を支える人材像や組織づくりの要諦を探った。
出演者
疋田 智彦(シック・ジャパン マーケティング本部長)
江目 まゆみ(シック・ジャパン 北アジア人事本部長)
山本 裕介(エンワールド・ジャパン 代表取締役社長)
市場No.1企業が挑んだブランド再定義と組織変革
山本裕介(以下、山本):シック・ジャパンは、日本のウェットシェービング市場で長年にわたってナンバーワンを取り続けていながら、変革を決断されました。その背景を教えていただけますか。
疋田智彦(以下、疋田):30年連続でトップシェア*を維持していますが、2021年当時はコロナ禍でマスクの着用が習慣化したことで、シェービング需要が一時的に低迷しました。これまで当社はシェーバーを中心に成長してきましたが、その延長線上だけでは将来の更なる成長は描けないという危機感がありました。会社として新しい価値を提供していくには、事業の在り方そのものを見直す必要があったのです。
しかし、当時は各部門がより効果的に協働できていないサイロ状態になっており、共通のゴールが明確ではありませんでした。しかも製品開発をグローバル本社に依存していたため、新たなアイディアも生まれにくい状況でした。こうした組織を変革するためには、共通の目標をもつことが重要です。そこで2022年に、ブランドの再定義を行いました。
当社にはシェーバーだけでなく、シェービング剤やスキンケアなどの商材もあるので、ポートフォリオをもっと活用することで社会に貢献できるのではないか。そう考えた末に掲げたのが「ビューティグルーミングを通して一人でも多くのお客様にワクワク感と幸せを感じて頂ける毎日を届ける」というパーパスと「日本で最も革新的なビューティグルーミングカンパニーを目指す」という新たなビジョンです。男女問わず誰もがビューティを楽しんでワクワクしてもらいたいという思いから、シェービングだけでなく、その前後の肌ケアにもフォーカスするようにしたのです。
山本:そうした変革を進める中で、従業員エンゲージメントがわずか3年で55%から86%まで改善したと聞いています。この劇的な変化を実現するために、どのような施策を行ったのでしょうか。
江目まゆみ(以下、江目):まず取り組んだのは、新たに掲げたパーパスやビジョンへの共感を、組織全体で徹底することでした。変革の方向性を明確にし、全員が同じゴールを見据えて動ける状態をつくることが重要だと考えたのです。
そのうえで、ビジョンを日々の行動に落とし込むために、4つのバリューの浸透にも力を入れました。望ましい行動を明確にし、それを評価・承認する仕組みを整えることで、組織全体の意識変革を進めていきました。
こうした取り組みを具体的なアクションとして支えたのが、「エンゲージメントアンバサダー制度」です。エンゲージメントを他人ごとではなく、自分ごととして捉えてもらうために、各部門から1名選出し、彼らにエンゲージメント向上につながるアクションをリードしてもらいました。
山本:そのアクションとは具体的にどういったものですか?
江目:部門を超えた学びを促進するため勉強会の開催や、キャリアトークの場を設け、お互いの経験や価値観を共有する取り組みを行いました。さらに、ユニークな取り組みとしては「ビューティデー」を設け、メンバーそれぞれが設定したテーマに合わせたファッションやメイクで出社する日を作りました。これも私たちが掲げるビジョンを日常の中で体現するためのアクションになったと思います。
疋田:エンゲージメントが上がったのは、共通のゴールが共有できたことも一因だと思います。既存の社員も新しく入った人も同じビジョンに向かって取り組み、それに対して人事部が施策をセットアップしてくれました。それがなければ、それぞれが違う方向を向いてしまいます。ビジョンとバリュー行動が明確になり、4つのバリューを軸に全員が同じ方向を向けたことが大きかったと思います。
山本:そのバリューについて、もう少し詳しく教えていただけますか?
江目:4つのバリューとは、望ましい行動をとった従業員を承認し成功を祝う「People first」、アンビションを描きリスクを取って挑戦する「Move forward」、成長に必要なことを伝え、耳を傾け変化を受け入れる「Listen up speak up」、個人のオーナーシップを発揮しつつ協働を活用して成果につなげる「Own it together」の4つが私たちの行動の核になります。これらのバリューは以前からありましたが、人によって解釈が異なっていたので、変革を取り組むにあたって明確化と浸透を進めました。

山本:このバリューは、アメリカ本社のエッジウェル・パーソナルケアグループがグローバルで決められているのでしょうか。
江目:バリューはグローバル統一ですが、日本支社ほどバリューが日々の業務にまで浸透している支社はないのではないでしょうか。シック・ジャパンは、エッジウェルの中で非常に存在感が大きくて、売上高も日本はアメリカに次ぐ第2位です。そのため、私たちは非常に注目されていますし、日本国内で製品開発をするなど、多くの権限を委譲されています。
人材獲得とビジョン起点のブランド構築は表裏一体
山本:こうした状況の中での採用活動において、マーケティング本部と人事本部はどのように連携されているのでしょうか。
疋田:候補者に対しては、まずブランドマーケティングへの理解、マーケティングへの知識、そしてマインドセットを見ていきます。目的意識がはっきりしており、ブランドに対しての理解が深く、そのブランドをどうお客様に伝えられるかを考えられる方、そしてブランドとして実現したいことが自分ごととしてとらえているかを重視しています。
そのうえで、人事のほうで会社のカルチャーフィットを見極めます。マーケティングの人材としては優秀でも、弊社にマッチするかどうかは別だからです。
江目:人事では、どれだけ新しいシック・ジャパンのビジョンやバリューに共感しているのか、そして、一役を担いたいという強い思いがあるかを、非常に重視して見ています。
山本:変革を進めるうえで、多様な人材が活躍できる環境づくりも重要なテーマになると思います。江目様は日本だけではなく、北アジア全体の人事を統括しておられますが、日本とほかの国や地域とでは違いがありますか。
江目:日本以外では中国や台湾、香港を見ていますが、私が感じているのは、これらの国や地域ではまだ日本ほどビジョンやパーパスが浸透していないということです。特に中国には優秀な人材が多いですが、まずは社員が同じ方向を見ることを徹底しなければならないと考えています。
山本:いわゆるローカルマーケットへのマーケティングと会社やプロダクトに関するブランディング、そして人材獲得は、同時に進めていく必要があるということですね。それによって、パーパスやビジョンが消費者まで伝わり、理想とする人材の採用にもつながっていくのでしょうか。
江目:おっしゃる通りです。コーポレートブランディングはひとつの課題だと思っています。日本はシックの認知度がとても高いので、社名も「シック・ジャパン」ですが、ほかの国では「エッジウェル」を使っています。ところがエッジウェルはブランド名ではないので、一般的にはあまり知られていません。そのため、コーポレートブランディングは非常に重要です。
山本:組織の方向性をそろえ、共通のビジョンのもとで人材の力を引き出していく取り組みは、ダイバーシティの観点からも重要だと感じます。
江目様は、LVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトンで各ブランドの人事部長を歴任され、メドトロニックを経て、シック・ジャパンに入社されました。最近では女性の管理職も増えましたが、日本は世界と比べると、まだ遅れています。女性がグローバル企業でキャリアを築いていくためには、どのような視点や能力が必要だと思われますか。
江目:個人的には女性、男性という区別はあまり考えないのですが、いずれにせよ、自分らしく「Be yourself」を前面に出す必要があるのかもしれません。それに日本の代表として仕事をするわけですから、“日本のアンバサダー”として取り組む心意気も必要だと感じています。
山本:日本のアンバサダーとしてこれまで培ってきたご経験は、いまの業務にどのように生かされているのでしょうか。
江目:LVMHはラグジュアリーブランドで、メドトロニックは医療機器でそれぞれ世界をリードする企業です。そして、シック・ジャパンもシェービング分野でトップクラスの企業なので、市場を開拓していく責務は非常に大きいと感じています。そうした市場成長の牽引や市場自体の創出に貢献できる人材の採用や、マーケットの先端を行くための人材育成という点において、これまでの経験が生きていると思っています。
人材の成長を推進する4つのバリュー
山本:次世代ブランドの構築を推進するにあたり、人材戦略で重視している価値観や判断軸は何ですか。
疋田:やはり重要なのは、先ほどの4つのバリューです。私は、これらを横並びには考えていません。
いちばん上の概念は、「People first」だと考えています。自分自身でやりたいことがあったら人を巻き込むことが大事であり、それにはこの姿勢が欠かせないからです。その次に「Move forward」「Listen up speak up」があって、最後に「Own it together」があります。しかし、人や組織の成長段階によってその優先順位は変わり、変革期では「Move forward」が重要です。採用の際も、これを重視しています。
江目:「Move forward」の定義は、ただ新しいことに挑戦するだけではなくて、目標から逆算して仕事を組み立てられる人だととらえています。ビジョンや変革を自らリードできる人が、「Move forward」なのです。
疋田:当初、新たなパーパス、ビジョンの構築に向けて「Move forward」のマインドセットの高いメンバーが揃っていましたが、そのメンバーも多くのプロジェクトを動かすうちに「Own it together」も当たり前になってきていて、マーケティングのプロセスをもう一度見直すなどといった提案が現場のメンバーから上がってくるようになりました。
山本:とても興味深いお話です。その人材がリードするタイプか、フォローするタイプかは、状況によって変わります。「Move forward」タイプだと思って採用した人が、何かのきっかけでフォロー側に回ることもある。人間の能力や性質は可変性が高いので、私はグルグルと螺旋のように回っていくものだと考えています。シック・ジャパンは「People first」のもと、長いスパンで人間の可能性を信じておられるのですね。
疋田:その前提となるのは、やはり企業のパーパスやビジョンへの共感です。誰でもやりたい業種や職種があると思いますが、まず会社のパーパスやビジョンに共感できるかを最も大切にしています。
江目:私も同感です。その会社に入るということは、同じ船に乗ることなので、その一員になりたいと思えることが非常に重要です。
山本:エンワールドは、人と企業の可能性を最大限引き出す「enabling success」をミッションに掲げていますが、お二人のお話には通底する部分があると強く感じました。その方が何を実現したいのか、企業のサービスやプロダクトのどんな点に共感しているのか、その組織に加わることでどこまで自分の力を伸ばせるのか、そういったことが、人が働く中で見出す本質的な価値かもしれません。
個人が中長期でやりたいことと、企業がこれから成し遂げたいことがベストフィットする状態が理想であり、シック・ジャパンでは、それを高度に実現していることがよくわかりました。本日は貴重なお話しありがとうございました。
*30年連続国内ウェットシェービング販売シェアNo.1:インテージSRI+カミソリ市場(ホルダー、ディスポーザブル、替刃)1995年11月~2025年10月
エンワールド・ジャパン
https://www.enworld.com/
ひきた・ともひこ◎シック・ジャパン マーケティング本部長。日本ロレアルで13年間にわたり、製品企画から店頭施策、コミュニケーションまでを幅広く担当。バカルディ・ジャパン、ヘンケル・ジャパンを経て、2022年12月より現職。
ごうのめ・まゆみ◎シック・ジャパン 北アジア人事本部長。非営利団体でキャリアをスタートし、LVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトングループにて、各ブランドの人事部長を歴任。メドトロニックを経て、2023年10月より現職。
やまもと・ゆうすけ◎エンワールド・ジャパン 代表取締役社長。広告代理店勤務を経てTwitter(現X)日本進出の責任者を務めた後、グーグル合同会社でブランドマーケティング統括部長などを歴任。2025年8月より現職。
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