2025年のGX(グリーントランスフォーメーション)をめぐる空気は、「約束を積み上げる競争」から「実行を証明する競争」へ、明確に位相が変わった。
ニューヨークでは毎年9月、国連総会にあわせ、世界の政府・企業・投資家が集まって気候変動の「実行と投資」を議論する「NYC Climate Week」が開催される。昨年そこで目立ったのは、掲げた目標が実装されていないときに、市民社会・投資家・メディアの監視が一斉に働き、組織が説明責任を迫られる場面が増えていることだった。
この潮目は、環境領域に限らない。企業の新規事業にとっても、外部環境の変化は「意思決定の前提」を静かに更新していく。だからこそ、企業の垣根を超えてイントレプレナーが集い、現実の論点を擦り合わせる場が重要になる。アドライトが開催するネットワーキングイベント「Leaper’s Night」は、そのための実務的な接点として運営されている。
本稿では、NYC Climate Weekを経て、Leaper’s Nightで共有された国際交渉の現在地と、日本企業がこれから直面する論点を整理する。
コミットの時代の終焉
「コミットの時代は終わった」。サステナビリティ経営支援などを行うアスエク代表の市川隆志氏はそう切り出した。挑発的に聞こえるが、氏が指しているのは理念の否定ではない。変わったのは評価の軸だという。
宣言や目標設定そのものは出発点にすぎず、いまはそれが予算と権限に落ち、調達や商品設計、オペレーションの現場まで貫いているかが問われる。実行の証拠がなければ、対話の温度は一気に下がる。NYC Climate Weekで筆者が見た空気感とも重なる。
監視が効くほど、未達はすぐに信用コスト化する。ここで重要なのは、未達が単なる「遅れ」では済まなくなることだ。株主や顧客、取引先、採用市場に対して、組織が何をどこまで実行できるのかが可視化され、資本コストや取引条件、ブランドに跳ね返り得る。説明責任を伴う時代では、目標の高さよりも、実装に耐える設計が価値をもつ。
一方で市川氏は、「監視が強まれば組織が素直に変わるとは限らない」とも言う。実行への圧力が高い局面ほど、抵抗や揺り戻しが起こる。範囲を狭める、定義をずらす、表現を言い換える、時間軸を引き延ばす。いま私たちがいるのは、監視と抵抗が同時に強まる緊張関係が常態化し始めた地点だ。



