この文脈を企業内挑戦者の意思決定に引き寄せると、論点はさらに具体化する。
新規事業は「正しい理念」よりも「実装の設計」で勝敗が決まる。誰が意思決定し、どの指標で進捗を管理し、どのタイミングで外部に説明するのか。実行局面の読みを誤れば、プロダクトの優位性があっても、前提条件の崩壊で失速する。市川氏は、「実装の難所を共有し、意思決定の前提をすり合わせること」がLeaper’s Nightの意義であると語る。

国際交渉は「合意」から「執行」へ
市川氏が強調するのは、国際交渉が長い時間をかけて整えてきた枠組みが一巡し、焦点が「執行」へ移ったという点だ。パリ協定以降の気候交渉は、何を合意し、どこまで共通ルールに落とせるかが中心だった。しかし今は、ルールブックが整った以上、残る争点は実行だ。企業にとっては、ここからが本当の競争になる。
なぜなら、実行フェーズは「環境の話」ではなく「産業の話」だからだ。政策は投資の方向を決め、規制は供給網の選択を決め、基準は市場アクセスを左右する。
「国内の議論だけで見ていると読み違える」と市川氏は指摘する。GXは地政学と産業政策の交点に置かれている。米国は政治の揺れがありながらも、州や企業レベルでは投資が積み上がる。中国は途上国への導入支援やインフラ整備を通じて、市場そのものの作り方に影響を与える。途上国側では、エネルギーコストと雇用、産業育成の論理が前面に出る。気候目標は単独で存在せず、それぞれの経済合理性に結びつくというのだ。
ここで企業が向き合うべき問いは、グリーンか否かではない。どの規制の下で事業が成立するのか。どの供給網を選べば競争力が出るのか。どの基準に適合すれば市場が広がるのか。
合意の時代には、宣言と整合するストーリーがあれば前に進めた。執行の時代には、事業の設計図そのものが問われる。市川氏の言葉を借りれば、企業の競争は「ルールブックの内側」ではなく、ルールが適用される現場=市場の外縁部で始まっている。
「電力」と「立地」が成長投資の制約に
実行局面の現実を象徴する論点が電力だ。市川氏は、脱炭素が「電力が余る世界」の話ではなくなった点を指摘する。需要増を織り込んだ電力制約の議論へ移ったということだ。とりわけAIの普及を背景に、データセンター需要が電力需給に与えるインパクトは大きい。原発に換算して1〜3基分規模の需要が新たに生まれ得るという示唆は、GXを理念から条件へと引き戻す。


