インドから数万円を手に渡米したが、ビザの制約により起業を待つことに
インド西部ラジャスタン州の小さな町で育ったバンサルは、幼い頃から父親が営む農業機械関連の事業を手伝っていた。その後、難関試験を突破してデリーのインド工科大学(IIT)に進学し、コンピューター工学を専攻する。学生時代、キャンパスを訪れたビル・ゲイツの講演を聞き、同大学の卒業生でホットメールの共同創業者として知られるサビール・バティアの成功談に触れたことが、起業への関心を決定的にした。「それが、私をシリコンバレーへ向かわせた」とバンサルは振り返る。
21歳のとき、バンサルは数百ドル(数万円)の所持金だけを手に、グリーンカードを手に入れて会社を立ち上げることを夢見て米国へ渡った。だが、起業に踏み出す前に、まずはエンジニアとして経験を積む必要があった。彼はその後7年間、3社の小規模なエンタープライズ向けテクノロジー企業で働き、雇用主の支援を受けてH1-Bビザで米国に滞在した。
米国の強みである優秀な人材の獲得について、自ら削ぐような移民政策に苦言
「H1-Bビザで滞在している間は、会社を立ち上げたり、新たな雇用を生み出したりすることが認められていない。そこには強い矛盾を感じていた」と、2016年に米国市民権を取得したバンサルは語る。「起業できる立場になるまで、グリーンカードを待つしかなかった」。
米国の移民政策についても、彼はこう語る。「米国の最大の強みは、世界中から優秀な人材を引き寄せられる点にある。その強みを自ら削ぐような発想は、近視眼的で国の将来にとっても得策ではない」。
2008年に1社目AppDynamicを創業、動画配信などのトラブル解決を支援
グリーンカードを取得したバンサルは2008年、AppDynamicsを創業した。同社の狙いは、ネットフリックスやプライスラインのような大規模で複雑なプラットフォームを対象に、高度なトラブルシューティング基盤を提供することだった。エンジニアが自社サイトやサービスのダウンタイムや不具合を減らせるよう支援することが、AppDynamicsの中核的な役割だった。創業当初は投資家から断られることも少なくなかったが、最終的に最初のベンチャーキャピタルの出資を取り付け、設立初年のシリーズAで550万ドル(約8億6000万円)を調達した。
「当時、ネットフリックスはストリーミング事業を立ち上げたばかりで、サービスの大部分をオンラインに移行していた。動画が途中で止まるといった不具合は、利用者の不満に直結する。AppDynamicsは、同社のような初期顧客のエンジニアが、障害を未然に防ぎ、問題が起きても迅速に復旧できるよう支援していた」とバンサルは振り返る。
上場直前にシスコが買収を提案、約5809億円で売却を決断
彼は、10年以上をかけて、6回の資金調達を重ねながらAppDynamicsを成長させた。売上高が2億ドル(約314億円)を超える規模に達した段階で、同社は株式公開を準備していた。しかし2017年1月、上場直前のタイミングで、テクノロジー大手のシスコが買収を提案した。最終的にバンサルはIPOを取りやめ、AppDynamicsを37億ドル(約5809億円)でシスコに売却した。フォーブスは、この取引によってバンサルが数億ドル(数百億円)規模の資金を手にしたと推定している。IVPのハリックによれば、現在AppDynamicsがシスコにもたらす年間売上は10億ドル(約1570億円)を超えているという。


