米国における「防衛産業」の顧客は、軍隊だけではない。デモ鎮圧や国境警備にあたる警察などの法執行機関も、巨大な市場だ。元モルガン・スタンレーの投資銀行員だったウォーレン・カンダース(68)は、この倫理的な論争が絶えない領域で、防弾チョッキから催涙ガスまでを手がける米防衛企業Cadre Holdings(キャドレ・ホールディングス)を築き上げた。
トランプ政権下の治安強化策と欧州をはじめ世界的な再軍備の潮流は、彼に巨万の富をもたらした。一方で、BLM(ブラック・ライブズ・マター)運動などで自社製品が市民に使われ、美術館理事の辞任に追い込まれるなど、リベラル層からの激しい社会的制裁にも直面してきた。
だが、投資家としての嗅覚は鈍らない。カンダースは、批判の集中する「群衆制御」に加え、核廃棄物処理という「安全確保」へ巧みに事業ポートフォリオを拡大させている。論争をかわし「儲かる防衛産業」を足場に成長を続ける、カンダースのしたたかな経営哲学を探る。
米国内の緊張が高まる中で拡大する、防弾装備や「群衆制御」への支出
6月のある土曜日、数百人の抗議者がオレゴン州ポートランドにある移民・関税執行局(ICE)の拘束施設に向けて行進し、施設の外に集まった。これに対し、戦術装備を身につけた連邦捜査官が催涙ガスを使用し、群衆を解散させた。4カ月後の10月下旬には、カリフォルニア州アラメダでも似た状況が生じた。サンフランシスコ・ベイエリアに国境警備隊が展開することに抗議する人々に対し、捜査官がスタングレネード(閃光手榴弾)を投じた。
いずれの衝突も、武力行使の是非や、ドナルド・トランプ大統領のもとで進む連邦政府の権限行使をめぐる問題とともに、全米で大きく報じられた。国内の緊張が高まる中で、こうした事態は各地で繰り返されるようになっている。抗議活動や暴動の現場だけでなく、軍事衝突や銃撃事件への対応においても、地方政府・州政府・連邦政府・各国政府が、自らの部隊を装備するため、防弾装備や「群衆制御」関連製品への支出を増やしている。
ポートランドやアラメダなどの現場で、Cadreの催涙ガスや閃光手榴弾が実際に使用された
こうした需要の高まりを受け、民間企業も存在感を強めている。その代表例が、フロリダ州ジャクソンビルに本拠を置くCadre Holdingsだ。同社は、6月にポートランドで使用された催涙ガスや、10月のアラメダで使われた閃光手榴弾のサプライヤーだ。Cadreの催涙ガスは、メキシコからパレスチナに至るまで、各地で民間人に対して使用されてきた。一方防弾装備は、デンマーク軍やウエストバージニア州の州兵を含め、数千人規模の警察官、軍人、連邦職員に着用されている。
この事業を率いているのが、元モルガン・スタンレーの銀行員だったウォーレン・カンダースだ。彼は、爆発物処理用の防護スーツ・防弾チョッキ・ホルスター・ゴム弾など、群衆制御製品を幅広く手がける防衛関連企業を数十年をかけて築いてきた。1996年にこの分野への投資を始めたカンダースは、2021年にCadreを上場させた。その後も買収を積極的に進め、これまでに少なくとも6社を傘下に収めている。そのうち4社は、2024年に入ってからの取引だ。



