投資銀行から眼鏡チェーンを経て、防衛産業の巨頭へと歩む
原子力分野への軸足の移行は、カンダースにとって初めての路線転換ではない。ブラウン大学を卒業した彼は、1970年代後半から80年代初頭にかけて、モルガン・スタンレーやオッペンハイマーといった投資銀行でキャリアをスタートさせた。その後、カナダのビリオネアで「リプリーズ・ビリーブ・イット・オア・ノット」や「ギネス世界記録」のオーナーとして知られるジム・パティソンのもとで働き、米国における資産運用を支えた。カンダースはその後、眼鏡の小売事業に乗り出し、短期間のうちに全米で205店舗を展開するチェーンへと育て上げた。この事業は1996年、フランスのレンズメーカーであるエシロールに2億2800万ドル(約356億円)で売却された。
彼はこの売却で得た資金の一部を投じ、警察向けの防弾装備を製造していた小規模企業の経営権を取得した。その後、ウォール街のベテランであるロバート・シラーと組み、防衛関連サービス会社Armor Holdingsの拡大に乗り出す。2006年までに2人は28社の防衛関連企業を買収し、同社を売上高25億ドル(約3900億円)規模の上場企業へと成長させた。そして翌2007年、Armor HoldingsはBAEシステムズに現金45億ドル(約7020億円)で売却された。
この取引により、カンダースは推定2億3000万ドル(約359億円)を手にした。2012年にはArmor Holdingsがかつて保有していた法執行機関向けおよびスポーツ用品関連事業を束ねた持ち株会社Safarilandを、経営陣とともに1億2400万ドル(約359億円)で買収し、防衛分野に復帰した。
移民への催涙ガス使用で批判を浴び、美術館理事を辞任する事態に
2018年には、Safariland製の催涙ガス弾が、米国とメキシコの国境で、移民に対して使用されたことが問題視された。当時、推定資産が7億ドル(約1092億円)とされていたカンダースは、フォーブスのインタビューで、自社の催涙ガス製品は「非致死性」であり、売上全体に占める割合も大きくないと強調した。「我々は非致死性の製品を製造し、政府の友好国に対して、厳格に定められた手続きを通じて提供している」と彼は述べていた。
しかし、それでも批判は収束しなかった。2019年7月、ニューヨークのホイットニー美術館が開催したビエンナーレ展をめぐり、理事会にカンダースが名を連ねていることに抗議して、8人のアーティストが参加を取りやめた。これを受け、彼は同館の副会長を辞任した。辞任を発表する声明で、カンダースは一連の動きを、自身と自社を狙った「標的型の攻撃キャンペーン」だと表現していた。
子会社売却を発表するも実行せず保有を続け、群衆制御用弾薬を製造
翌年、カンダースは強い批判を浴びた。2020年5月、ミネアポリス警察によるジョージ・フロイドの殺害をきっかけに、全米各地で抗議活動が拡大したためだ。同年6月には、ホワイトハウス周辺で抗議者を排除する際に、Safariland製の催涙ガスが使用された。数日後、カンダースは、Safarilandが催涙ガス事業から撤退し、法執行機関や軍向けに化学剤、弾薬、警棒を製造していた子会社Defense Technologyを売却すると発表した。
計画を公表する声明において、カンダースは次のように説明していた。「当社の安全・生存性関連製品は、大きく分けて2つの形態がある。防弾チョッキや爆発物処理用スーツ、安全ホルスターといった受動的な防護製品だ。今回の事業売却によって、能動的な要素を切り離し、Safarilandは受動的な防護に注力できるようになる」。
しかし、この発表にもかかわらず、SafarilandがDefense Technologyを売却することはなかった。2021年にCadre Holdingsとして上場した際、米証券取引委員会(SEC)への提出書類には、同社が引き続きDefense Technologyを保有していることが記載されていた。現在も同社はCadreの子会社のままだ。Cadreは公式サイトによれば、発泡弾やスポンジ弾、催涙ガスなど、群衆制御用の弾薬の製造を続けている。フォーブスが最終的にDefense Technologyを売却しなかった理由について尋ねたところ、カンダースは回答を拒否した。
一方、Cadreは、移民・関税執行局(ICE)や税関・国境警備局(CBP)とも取引を行っている。たとえば、強制捜査の際にドアを開け、階段を上り、煙幕を発射できるロボットをICEに販売している。ただし、こうした契約が売上全体に占める割合は大きくない。CJS Securitiesのアナリスト、ラリー・ソロウによれば、Cadreの売上高のうち、米国の連邦政府向け契約が占める割合は15%未満にとどまっている。群衆制御関連製品は、現在では売上全体の5%未満に縮小しており、その中でICEやCBPと直接結びつくものはごく一部だという。
論争の多い分野から軸足を移し、盤石となる資産と地位を築く
カンダースはこれまでのキャリアで、数々の困難を乗り越えてきた。イラク戦争中、装甲仕様のハンヴィーの不足をめぐって当時の国防長官ドナルド・ラムズフェルドと対立したこともあれば、5年前には自社製の催涙ガスをめぐって激しい世論の批判にさらされたこともある。そのたびに、彼は表立った反論を避け、事業を前に進めることに集中してきた。現在事業の軸足は、核リスクの封じ込めや爆発からの防護といった、より論争の少ない分野へと移りつつある。その意味で彼は、これまでで最も有利な立場にある。
「我々が手がけているのは、公共の安全事業であり、その本質は安全と生存性を支える事業だ」とカンダースは述べている。世界各国の政府が、軍事や法執行分野への支出を拡大し続ける中で、彼の資産が今後も安泰であることは、また1つの“確かなこと”といえそうだ。


