三井住友銀行(SMBC)の法人向けデジタル総合金融サービス「Trunk(トランク)」が、2025年5月の開始から約6カ月(25年11月末時点)で約2.5万口座を突破し、順調なスタートを切っている。従来のメガバンクのイメージを刷新する同サービスを共につくり上げたのが、シンプレクスのデザインチーム「Alceo(アルセオ)」と同グループ会社のXspear Consulting(以下、クロスピア)だ。プロジェクトメンバーである三井住友銀行の加賀卓哉と中村聡、伴走支援をしたAlceoの亀山明佳、深澤優里、Xspear Consultingの樅木智之に、開発の舞台裏を聞いた。
中小企業のペインを知るために精度の高いインタビューを実施
――法人向けデジタル総合金融サービス「Trunk」は、どのような経緯で誕生したのでしょうか。
中村聡(以下、中村):個人向けはカードと銀行が一体となったOliveを提供しており、Oliveで培ったノウハウとデジタル技術を使って、中小企業向けの銀行口座と法人用クレジットカードの2つを軸にした利便性の高いサービスを提供できるのではないかと考えたのがきっかけです。インタビューをしてみると、メガバンクの口座を開設するハードルが高いというお声をいただきました。そこで、最短翌営業日に口座開設できるようにしました。また、振込手数料は三井住友銀行の口座宛ては無料でほかの銀行の口座宛ては145円としました。その結果、起業の準備をされている方に加え、すでに経営されている経営者の方にもお使いいただいております。

――従来の銀行サービスとTrunkの違いはどういったところにあるのでしょうか。
加賀卓哉(以下、加賀): SMBCは、中小企業やスタートアップが抱える課題に向き合い成長を後押しするため、新たなブランドとしてTrunkを立ち上げました。本サービスは、スマホから口座開設が完結できるなど、手軽に金融サービスを利用できる点が大きな特徴です。
きっかけは、従来のサービスが使いづらいという中小企業やスタートアップからの声でした。大企業からは機能が豊富で便利と評価いただく一方で、中小企業やスタートアップからは、機能が多すぎて複雑だという課題が見えてきたのです。どう改善するか検討しましたが、両者のご要望をひとつのサービスで満たすのは限界があります。そこで「出島」のように、大企業向けサービスの隣に新しいサービスをゼロから立ち上げる決断をしました。
――どのような体制で開発を進めたのでしょうか。
加賀:2年ほど前に組織を新しく立ち上げ、私たちのような企画側の人間に加え、開発エンジニア、シンプレクスさんやクロスピアさんなど外部の方にも常駐していただき、開発とデザインを一体にしたアジャイルな開発体制を構築しました。立ち上げたときは50人ほどでしたが、今では100人ほどまで組織が拡大しています。アイデアを実際にサービスへ落とし込むには大きなギャップがありますが、その“形にする”部分をシンプレクスさんとともに議論し、UI・UXを含めたサービス設計を一緒に行ってきました。
――アイデアを形にするために何を行ったのでしょうか。
中村:新しいサービスを企画すると言っても、私たちは経営者の方々が何に悩み、何を求めているかは、あまり想像がつきませんでした。そこでシンプレクスさんにお手伝いいただき、インタビューを行いました。
深澤優里(以下、深澤):インタビューにはセオリーがあります。それを知らないまま実施すると、インタビュアーの意志に左右されやすくなり、無意識のうちに得たい回答に誘導してしまうことがあります。また、誰にインタビューをするかも大切です。その製品のターゲットに合っていない人に話を聞いてしまい、その人の希望はかなえたものの、リリースしたサービスがターゲットに刺さっていないということが起こりうるからです。今回のターゲットは経営者が中心でリクルーティングは容易ではありませんでしたが、そうしたことも考慮したうえで、インタビューを設計する必要がありました。
亀山明佳(以下、亀山):最初は、会社の立ち上げ期にその企業を立ち上げた想いや軌道に乗るまでの実体験を聞きに行きました。そのインタビューをもとに、すぐに行員の皆様とアイデアを詰めてモック(見本)をつくり、それをその経営者の方に見せに行き、得たフィードバックをすぐに反映するというように、高速で改善しながら開発しました。
ペルソナもつくり、その解像度を上げるためのワークショップも実施しました。ここにいる5人に法人営業部出身者などいろいろな経歴の方が加わり、お客さまが口座を開設して利用するときにどんなことを思っているのかを書き出して、みんなでターゲットに対する認識を揃えました。
中村:シンプレクスさんは、開発する前にお客さまから課題を聞いてあぶり出し、それをプロダクトに落とし込んでいくという、いわゆるデザイン思考で支援するプロフェッショナルです。そのデザイン思考で私たちに伴走していただいたことが、プロダクトの価値につながっていると思います。 今回のプロジェクトではインタビューをもとに、開発・実装の前にモックを用意してコンセプトや操作性をお客さまにお試しいただき繰り返し検証したことで、お客さまの声を取り入れながら開発することができました。
亀山:銀行ではコンプライアンスやセキュリティで求められる水準が高いため、制約が生じることも多々あります。毎週議論を重ねるたびに新たな疑念や課題が明らかになっていくので、次の会議には前の週の課題を解決するパターンを整理した新たなモックを準備するようにしていました。
――このアプローチを通して得られたいちばんの気づきは何ですか?
加賀:Trunkのおもなお客さまは、経理や財務のプロフェッショナルではない経営者です。私たちの従来の大企業向けサービスを実際にご利用いただくのは経理や財務のプロフェッショナルでしたが、中小企業やスタートアップの多くは、経営者が日々の業務で忙しいなか、合間に銀行に関わる作業をされているケースが多いです。だからこそ、もっと手軽に使えるサービスが求められています。経営者に本業に集中していただくためのサポートをするという、発想の転換が必要だということがわかりました。
銀行の枠を飛び出したサービスを支援できることにワクワク
――顧客のインサイトがわかってからは、どのようにアイデアを形にしていったのでしょうか。
樅木智之(以下、樅木):Trunkを成り立たせるためには、出島という発想に加え、既存のいろいろな仕組みをどう組み合わせるかを整理する必要がありました。まずはそれらを一つひとつ洗い出し、ドキュメント化して要件定義を行いました。
例えばサービス設計において事前にゴールが共有できていないと議論が部分最適に陥り、全体像が見えづらくなります。そのため「Trunkはどういうサービスであるべきか」をドキュメントにまとめ、何度も読み合わせました。地道な作業ですが、これは大切なことだと考えています。UI・UXがどうなるかを可視化したうえで、みんなが気になることをなるべく取り込んだうえでブラッシュアップしていく、ということに苦労しました。
加賀:Trunkは優れた外部のサービスを活用しているので、システムの仕組みが複雑になり、関係者も多岐にわたりました。樅木さんには、その調整もやっていただきました。樅木さんに限らず、クロスピアさんには私たち行員の見落としていた部分や抜けていた部分を泥臭く埋めていただき、全体がシステムとして動くよう、ご支援いただいたので助かりました。
――今後の展開をお聞かせください。
中村:Trunkは三井住友カードと一緒につくっています。三井住友カードは、新たなAI与信エンジンによって新設法人でも発行可能な新法人カードを開発しています。資金の流れから判断して最大10億円の与信枠を用意する予定です。それを26年度に、Trunkとして提供する予定です。
これまで私たちの銀行サービスは、口座と決済に限られていましたが、Trunkではそれを超えていきたいです。中小企業では経営者自らが紙の請求書を受け取って保管し、月末に振り込みをするという一連の作業をなさっており、かなりご負担になっているケースが多いことがわかりました。そこで、請求書をスマートフォンのカメラで撮影しアップロードすることで、振り込みの予約やクレジットカードで支払いができる機能を無料で25年度中にリリースする予定です。こういったサービスを、これからどんどん増やしていきたいと考えています。
樅木:Trunkは、従来の銀行サービスの枠を飛び出しているので、難しさも感じていますが、まだ世に出ていないサービスをご支援できることにワクワクしています。事前に顧客にインタビューをしているとはいえ、実際に使っていただいて初めて明らかになる課題もあります。それをいかに効率的に解決してよりいいものにしていくかを、一緒に考えていきたいです。
深澤:いろいろな金融機関がありますが、「SMBCがいちばん使いやすくて最先端のサービスを提供する銀行」と認知されるようにしたいと思いながらご支援をしています。リテールではOliveが最先端のサービスとして認知を確立しているので、法人向けでもそういった評価が得られるように、この先も一緒に取り組んでいきたいです。
亀山:生まれたばかりのサービスをグロースさせるには、ユーザーの声を聞き続けなければならないですし、そうしたフィードバックを素早くプロダクトに落としこんでいかなければなりません。また、「こうすればグロースがもっと加速するのではないか」というアイデアは私たちの中にもあるので、タイミングを見てご提案させていただきたいと思っています。グローバルサービス企業はそうした改善がものすごく速いですが、日本ではそれをできる企業がまだ少ないです。銀行でそれができたら大きな武器になると思うので、そのためのご支援やご提案ができればと考えています。
加賀:Trunkはスタートしたばかりで、これからも進化を続けます。開発にあたっては当行にはITやプロジェクト管理、デザインのスキルをもった人材が少ないので、今後も引き続きシンプレクスさんとクロスピアさんにはご支援いただきたいですし、可能であれば、若手人材にノウハウを注入し、人材育成の面でもご支援いただきたいと思っています。
シンプレクス・ホールディングス
https://www.simplex.holdings/
かが・たくや◎三井住友銀行ホールセール統括部法人デジタル企画室上席推進役。コンサルティング会社を経て、2007年に三井住友銀行へ入社。一貫して法人のお客さま向け決済関連サービスの企画・開発に従事。Trunkは前身プロジェクトの立ち上げから携わり、アジャイル開発体制構築、規約制定、口座開設を担当。
なかむら・さとし◎三井住友銀行決済商品開発部DX開発グループグループ長。2005年に三井住友銀行へ入社。約10年人事部にてシステム開発に従事したのち、リテール部門にてDX企画を推進。2023年より決済商品開発部にてホールセール部門のTrunkのプロダクト開発責任者としてDX企画を推進。
かめやま・さやか◎シンプレクス Alceo UXデザイナー。Web制作会社でのUXリサーチやユーザビリティ改善、UXコンサルティング業務、動画配信事業会社でのUXリードなどを経て、2021年にシンプレクス入社。金融のプロダクトリニューアルやグロース、国内大手化粧品の接客業務システムの構築など、業界幅広くUXデザイナーとして活動。
ふかさわ・ゆうり◎シンプレクス Alceo UXデザイナー。新卒でシンプレクスに入社し、暗号資産領域で開発者としてキャリアをスタート。要件定義から開発/運用まで各工程の経験を積み、その後Alceoにジョイン。UXデザイナーとして、金融領域を中心にUXデザインを支援するほか、プロダクトマネジャーとしてサービスの運営・グロースも担当。
もみき・ともゆき◎Xspear Consultingマネジャー。大学卒業後、シンプレクスに入社。入社後は銀行領域にて、要件定義・設計から移行・運用保守まで一貫してシステム開発プロジェクトを推進。Xspear Consulting異動後も引き続き銀行領域にて企画・構想策定や業務要件整理等の支援に携わる。



