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2026.01.01 10:15

「今こそ、『宇宙革命』の本質について考えてみたい」ー「九州宇宙ビジネスキャラバン2025鹿児島」レポート【後編】ー

2025年10月、鹿児島に集結したのは、宇宙革命の参加者たちだ。宇宙飛行士として数々のミッションをクリアしてきた若田光一をはじめ、民間主導で宇宙のフロンティアを開拓しようとする者たちである。このキャラバンを足がかりに【前編】【中編】【後編】の3部構成で宇宙革命の本質について考えていきたい。

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キーノートスピーチ「宇宙産業の新時代:民間の力で広がる無限のチャンス」。アクシオムスペース 宇宙飛行士・最高技術責任者の若田光一
キーノートスピーチ「宇宙産業の新時代:民間の力で広がる無限のチャンス」。アクシオムスペース 宇宙飛行士・最高技術責任者の若田光一

「九州宇宙ビジネスキャラバン2025鹿児島」のキーノートスピーチ「宇宙産業の新時代:民間の力で広がる無限のチャンス」で登壇したのは、あの若田光一だ。ここであらためて彼の偉業についておさらいしたい。

日本航空(JAL)の機体構造技術者(整備現場で働くエンジニア)を経て、1992年に宇宙開発事業団(現JAXA)の宇宙飛行士候補者に選抜された。初飛行は96年。日本人初のスペースシャトル・ミッションスペシャリストとして宇宙に飛び立っている。2000年に日本人初の国際宇宙ステーション(ISS)建設ミッションに参加し、14年に日本人初のISS船長に就任。23年の滞在時には2回の船外活動(計14時間2分)を実施した。通算では日本人最多の宇宙飛行5回、日本人最長の宇宙滞在504日18時間35分を経験している。96年のスペースシャトル時代から22年のクルードラゴン時代まで長年にわたって宇宙でのミッションに耐え得る頭脳・精神力・体力のトップコンディションを維持してきたプロフェッショナリティは、世界的に見ても稀有だ。

また、エンジニア時代からの「現場力」と「技術的知見」を生かして96年の初飛行時に手動でロボットアームを操作して宇宙空間を漂う日本の実験衛星を回収し、ISS建設時にも手動操縦によるロボットアームでパーツを組み立てるなど、数々の任務を成功させて「Mr.Robotics」の異名をもつ。24年3月にJAXAを退職。同年4月、米国ヒューストンに本社を置くアクシオムスペースに入社して、宇宙飛行士 兼 最高技術責任者(CTO)を務めている。

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そのアクシオムスペース社は今、NASAからの全面的なバックアップを受けながら、現在のISS(30年に運用終了予定)の後継となる「世界初の商業宇宙ステーション(アクシオム・ステーション)」を建設しようとしている。

つまり、若田光一は、長年にわたって「国家主導の宇宙開発時代」を最前線で支えた後、これからの「民間主導の宇宙開発(New Space)時代」においても中心人物になろうとしている。

また、ローカル(九州・鹿児島)の視点で言えば、若田光一は埼玉県生まれだが父親が鹿児島県旧大隅町(現曽於市)の出身であるため、幼少期から鹿児島の地を何度も訪れている。そして、福岡県の九州大学工学部で学び、航空宇宙工学の博士号まで取得している。学生時代からロケットの打ち上げを見学するために何度も鹿児島県には足を運んできたという。宇宙飛行士になってからも日本の基幹ロケット(H-IIAやH3)の打ち上げ時に現地で解説を行ったり、パブリックビューイング会場に駆けつけるなど、県民と一緒になって応援してきた。さらには、「自分を育ててくれた九州に恩返しがしたい」という想いから、鹿児島県内の学校や科学館などでの講演会、イベントへの出演を精力的に続けてきた。「鹿児島の空を見上げて育つ子どもたちから、次の宇宙飛行士が出てほしい」と熱心に語りかけているのだ。

以下は、 キーノートスピーチ「宇宙産業の新時代:民間の力で広がる無限のチャンス」での若田の言葉の要約(筆者による加筆・補足説明あり)である。

次ページ > 若田光一が語る「New Space」の最前線

text & edited by Kiyoto Kuniryo | photographs by Yuka Kariya(Photo House KOUKI)| images by https://www.youtube.com/watch?v=0HbLs3LvBi4

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