北米

2025.12.29 15:00

ビバリーヒルズ高校、銃乱射の被害防ぐためトイレでも音声検知──学校で広がる「AI監視」

ビバリーヒルズ高校(Brian van der Brug / Los Angeles Times via Getty Images)

ビバリーヒルズ高校(Brian van der Brug / Los Angeles Times via Getty Images)

2025年、米国の学校敷地内での銃撃による死者は49人に上る。2000年から2022年までの間には、学校で131人が死亡し197人が負傷、その大半は子どもだった。この止まらない惨劇から生徒を守るため、教育現場は今や「厳重警備の施設」へと変貌しつつある。

導入が進むのは、監視カメラ、ドローン、顔認証、プライバシーの聖域でもあるトイレ内の音声検知装置だ。背景には、巨額の予算が動く人工知能(AI)監視ビジネスの存在がある。だが、こうした重装備が実際に惨劇を防げるかを示すデータは乏しい。生徒・保護者・教師など当事者不在のもと決定がなされ、「子どもの安全」を名目に教育空間においてAI監視インフラが普及し、生徒と教師の間には信頼関係の崩壊が広がる。ビバリーヒルズ高校などの事例から、その最前線を追う。

厳重警備化する米国の学校現場、ビバリーヒルズ高校のAI監視導入事例

南カリフォルニアにある、スタッコ仕上げの白い校舎の内部では、通行人の顔を顔認証データベースと照合するビデオカメラが稼働している。行動分析AIが映像を解析し、暴力行為の兆候がないかをチェックする。トイレの個室には、電子タバコの煙探知機のような形をした音声検知装置が設置され、銃撃音や「ヘルプ」など助けを求める特定の音声を検知する。屋外では、上空からの情報収集のためのドローンが待機しており、駐車場では評価額85億ドル(約1.3兆円。1ドル=156円換算)の監視大手Flock Safety(フロック・セーフティ)のナンバープレート読み取り装置が、出入りする車両が犯罪者のものではないかを確認している。

この建物は、厳重警備の政府施設ではない。公立のビバリーヒルズ高校だ。

年間約7億5000万円の警備予算と、都市部における標的リスクへの対策

学区の教育長アレックス・チャーニスは、これほどまでに徹底した監視体制が、生徒の安全を確保するために必要不可欠だと強調する。「この学区は、世界でも最も名の知れた都市の1つ、ロサンゼルスの都市圏の中心にあるため標的になりやすい。つまり、子どもも教職員も標的になるということだ」と彼は語る。2024〜2025年度、同学区は人件費を含めて警備に480万ドル(約7億5000万円)を支出した。この監視システムは1日に複数の脅威を検知しているという。

2025年、学校敷地内での銃撃による死者は49人

ビバリーヒルズ高校の取り組みは、極端にも見えるかもしれないが、決して異常ではない。全米各地の学校が、相次ぐ凄惨な銃乱射事件を受けて同様の監視システムを導入している。2025年の学校敷地内での銃撃による死者は49人に上る。銃規制を支持する団体「Everytown for Gun Safety」によると、2024年の死者は59人、2023年は45人だった。2000年から2022年までの間に、米国の学校では131人が死亡し、197人が負傷しており、その大半は子どもだった。こうした衝撃的な数字を前にすれば、最新のAI搭載安全・監視ツールに予算の一部を割くという判断は、当然のものに見える。

「地域社会は、学校をより安全にするためにできることなら何でもやりたいと考えている」とチャーニスは語る。「武装警備員であれ、ドローンであれ、AIであれ、ナンバープレート読み取り装置であれ、それで安全性が高まるなら歓迎したい」。

銃乱射対策としての有効性への疑問、生徒と教師の信頼関係が崩壊

しかし、AI技術が安全の確保に役立つという確かな証拠はほとんどなく、むしろ生徒との信頼関係を損なうと指摘する声もある。米国自由人権協会(ACLU)の報告書(2023年)によると、コロンバイン高校銃乱射事件以降に米国で発生した学校銃乱射事件のうち、被害規模が最大だった10件のうち8件は、監視システムを導入済みのキャンパスで起きていた。ACLUの上級政策顧問チャド・マーロウは、AIツールが出現した現在も、このような技術を検証した独立した研究は著しく足りないと述べている。「このようなツールが安全に役立つという主張には無理がある」と彼は語った。

常に監視される生徒の心理的負担と、いじめを打ち明けにくくなったなどの悪影響

この報告書はまた、監視体制が不信感を助長していることも明らかにした。14〜18歳の生徒を対象にした調査では、32%が「常に見張られていると感じる」と回答した。ACLUが実施したグループインタビューで生徒は、メンタルヘルスの問題やいじめを教師に打ち明けにくくなったと語った。マーロウは、デメリットのほうが大きいと主張する。「子どもは、自分を監視していると感じる相手を信用しない。その結果、信頼関係が壊れ、かえって安全性が低下する」と彼は指摘した。

2025年の卒業生、「誰かが常に生徒を見守ってくれているという感覚を生む」

しかし、ビバリーヒルズ学区はこの見方に同意しない。「ビバリーヒルズ統一学区における安全とセキュリティへの取り組みに、保護者や地域社会から反対の声はまったく出ていない」とチャーニスは語る。

ビバリーヒルズ高校の卒業生ニコール・ゴルバチェワは、セキュリティの強化を支持すると語る。2025年の卒業生の彼女によると、同校の学区では過去に爆破予告や不法侵入が起きており、最近では小学校の外の歩道に、かぎ十字が描かれる反ユダヤ的な事件が発生した。「ここ数年で、ビバリーヒルズ高校は、比較的自由で開放的なキャンパスから、閉鎖的でより厳重に守られた環境へと変わった」とゴルバチェワは振り返る。彼女は、AI搭載の監視ツールの導入について「ディストピア的には感じない。予防的だと感じる。誰かが常に生徒を見守ってくれているという感覚を生む」と付け加えた。

銃乱射対策の訓練では、犯人確保までの時間が半分に短縮された

他の学校も、ほぼ同じ認識を示している。ニュージャージー州のランコーカス・バレー地域高校の教育長を務めるクリストファー・ハイリグは、同校では銃検知ソフトウエアを提供するZeroEyes(ゼロアイズ)のシステムを搭載したカメラが最大50台稼働していると明かした。同校の銃乱射対策の訓練では、このシステムを使用した場合に、犯人を確保するまでの時間が半分に短縮されたと彼は主張する。「この結果を前に反論はできない。命を救っているのだから」とハイリグは語った。

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翻訳=上田裕資

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