ビジネス

2025.12.25 18:00

スペックの先にあるエンドユーザーの物語を語れ—「感動」から価値提供を見直すべき理由

「満足」は普通の状態。「感動」こそが人を動かす

——「感動」という言葉は抽象的で、ビジネスで扱うには捉えどころがないようにも思えます。例えば「顧客満足」とはどう違うのでしょうか?

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田尻:「満足」と「感動」は、似て非なるものです。「満足」という状態は「不満はないけれど、特段心が震えるわけでもない」という状態だといえませんか。これは、実は普通の状態に過ぎません。

ビジネスにおいて、単に顧客を「満足」させるだけでは「便利」で終わってしまい、トマトの例のように、あとは価格競争に巻き込まれるばかりになってしまいます。これでは強いロイヤリティは生まれにくい。

私たちが目指すべき「感動」は、満足よりもよりポジティブに心が動いている状態、命が震えるような喜びや深い感謝が生まれるような反応と言い換えられると思います。つまり、感情は体感覚と言える。と考えています。怒ったときには「頭に血が上る」、安心したときには「肩の荷が下りた」と表現するように、です。

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さらには、それらの感覚は過去の記憶や経験への反応であり、ある種の再体験が感情の正体だったりするのです。

例えば世界共通でいちばん美味しい味は「母の味」。マーケティング領域でも「Mother's Taste」と定義されているくらいです。人は過去のポジティブな感情記憶にアクセスされたとき、強い安心感や幸福感を覚えます。顧客が商品やサービスに触れたとき、これくらいのレベルの感情が喚起されているか。価値提供を設計する際には、その解像度を高めなければ、真の付加価値とその再現性は生み出せません。

感情のロジックが、ビジネスの突破口になる

——「感情」に着目することで、実際のビジネスはどのように変化しますか?

田尻:例えばある企業は自動車工場向けの画期的な新技術をもっていましたが、当初はまったく売れていませんでした。それは「当社の新技術は超高精度で、素晴らしい性能です」と、機能やスペックばかりをアピールしていたからです。

そこで私たちは、エンドユーザーにとって何が感動・価値かといった切り口の転換を提案したのです。すると先ほどのアピールポイントを「自社の技術を使えばEVの航続距離が伸び、エンドユーザーも安心してEVを選択できるようになって不安が解消される。そしてそのことにより、1台あたりの価格にも反映され、製造している企業も1ラインあたり年間数億円の売上が変わる」に変えることができる。その結果、この気づきを得てわずか2カ月半で19件のアポイントが決まり、テスト導入にまで至りました。

——性能のみならず、「安心」を買ってもらうような提案ということですね。

田尻:その先のエンドユーザーの喜びとメーカーの利益をセットで考えるこの考え方が、私たちが「価値主義」と呼ぶ考え方の一つです。

日本のGDPや企業の収益性・生産性・給与が伸び悩んでいる一因は、多くの企業がBtoBの取引、つまり原価と売上の差額である利益を付加価値と考えてしまい、本当の付加価値である顧客の感動を見失っていることにあります。

特に大企業が中小企業に対して行う「原価低減」の要請は、視点を変えれば、中小企業の利益を削ぐ、利益の出ていない中小企業については、人件費を削ぐ行為になりかねません。それでは日本全体が貧しくなる一方です。

そうではなく、エンドユーザーの感動を起点に、より高い対価を得られる新たな市場や価値を創造し、それをサプライチェーン全体で分配していくことが重要です。そう考えると、グローバル市場や高齢者市場、BtoB製造業の6次産業化など、まだ見ぬ感動の源泉は数多く眠っています。

感情や感動といった、一見非合理で属人的に見えるものこそが、実は最も経済合理性の高い付加価値の源泉なのです。

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text by Michi Sugawara | photographs by Shuji Goto

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