北米

2025.12.23 08:00

米「アフォーダビリティ危機」の真相──最悪のインフレ局面が去ってもなぜ生活は苦しいままなのか?

Mike Kemp/In Pictures via Getty Images

Mike Kemp/In Pictures via Getty Images

米国の人々は、過去4年間の大半を、上がり続ける生活費に苦労しながら過ごしてきた。パンデミックの後、過去40年で最も急速なインフレが到来した。その急速さ自体はいくぶん落ち着いたものの、現在でも物価上昇に対する強い不満が国民感情の中に残っている。論評家たちはこれを「アフォーダビリティ危機」と呼び、政治家はその処方箋を持っていると主張する。しかし、そもそもこの「アフォーダビリティ」とは何を意味するのかについて理解が曖昧なままであり、その結果、政策をめぐる議論はしばしば的外れな対象を追いかけている。

2020年から2023年にかけて物価は急上昇し、私たちは皆、日常生活にかかるあらゆる費用を再評価する必要に迫られた。現在のインフレ率は連邦準備制度理事会(FRB)の目標である2%に近づきつつあるものの、多くの世帯は今もなお、節約を強いられているという感覚を抱いている。大統領はこうした懸念を政治的な誇張だとして退けてきたが、国民の不安の広がりは、現実に何かが起きていることを示している。いったん物価水準が高い状態で定着すると、支出がこれ以上増えなくなったとしても、家計はそれに適応せざるを得ない。バイデン政権はインフレが進行する局面を統治し、第2次トランプ政権はその調整を担っている。経済環境は改善しつつあるが、負担感はなかなか薄れていない。

政権は「アフォーダビリティ」をどう捉えているのか

混乱の一因は、アフォーダビリティという言葉の定義の仕方にあるようだ。トランプ政権の一部には、アフォーダビリティとインフレを同義語のように扱う向きがある。この定義に立てば、確かにアフォーダビリティは改善している。インフレ率は、8%や9%という数値が珍しくなかったバイデン政権期よりも低下している。現在の測定値はおおむね3%前後で推移し、時にはそれを下回ることもある。少なくとも現時点では、最悪のインフレ局面は終わったと言えるだろう。

しかし、人々の実感を形作るのはインフレ率ではなく、物価水準そのものである。そして、その水準は依然として以前より明らかに高い。このことは、たとえそれ以外に影響がなかったとしても、心理的な影響をもたらす。

およそ18カ月にわたり、多くの分野で名目賃金の伸びはインフレ率をわずかに上回り、労働者は最初のインフレショックで失った購買力の一部を取り戻してきた。ただし、この賃金上昇は鈍化しつつある可能性がある。さらに、この賃金の「追いつき」の程度は緩やかだ。実質所得が増加傾向にあっても、人々は財布を開くたびに高くなった物価水準に直面し、いまだ賃金がこの物価高に追いついていないという感覚を持ち続けることがある。加えて、測定の問題も存在する。生産性が過大に評価されていたり、インフレが過小に測定されていたりすれば、実質賃金の回復は見かけ上のものに過ぎないかもしれないのだ。

的を絞った政策の限界

インフレとは、幅広い、持続的な物価上昇を指す。ひとたびそれが起きると、経済全体の価格構造が一段と引き上げられる。食料品、家賃、サービス、あらゆる商品の価格はすべて、より高い基準点へと移行する。インフレ率を下げるだけで、以前の基準点に戻るわけではない。元に戻すには、物価全体が下落するデフレが必要となる。しかし、物価の下落は、企業の倒産や失業の増加、債務負担の増加につながりやすいため、政治家たちは一般にこれを避けようとする。

その結果、家計は居心地の悪い立場に置かれる。2020年以降の急激な物価上昇によって、新たな高い物価水準が生まれたが、その水準が元に戻る可能性は低い。インフレ前の世界はすでに失われたが、新しい世界への適応は心理的に困難であることが分かってきた。各家庭は、食料品や家賃の金額を見るたびに、その違いを実感する。

ここに、アフォーダビリティを改善すると約束する政治家にとっての罠がある。問題の一部が心理的なものであるなら、特定の価格に働きかける政策では、人々の実感はほとんど変わらないかもしれない。卵の生産を増やす規制変更は、卵の価格を多少下げる可能性がある。放牧規制の調整や牛肉加工の迅速化も、同様に限定的な効果をもたらすだろう。しかし、これらは1回限りで、かつ分野が限定された価格水準の調整に過ぎず、広範な物価水準をリセットしたり、インフレ動向に意味のある影響を与えたりするものではない。

同じ論理は、アフォーダビリティを悪化させると批判されがちな政策にも当てはまる。例えば、関税は特定の価格を押し上げる傾向はあるが、基調的なインフレの軌道を変えることはほとんどない。インフレ率への影響は一時的だ。そのため、関税を撤廃すれば一時的な緩和は得られるかもしれないが、全体的なインフレが高止まりしていれば、その効果はいずれ他の要因に打ち消される。

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翻訳=江津拓哉

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