一方ですべてを自分軸で捉えてしまうと、上司の言葉が直接自分に向けられているように感じてしまいます。深く傷つき、不調和な人間関係への心労から、帰宅してまで心を病むことになります。
それでは、本来仕事で得られる成果や喜びを得られなくなり、働く意義が見つけられず満足もできなくなってしまうでしょう。
私は会社軸で働くことができたので、雑音に惑わされることなく仕事に夢中になれました。夢中になるうちにチャンスが巡ってきて、仕事の成果を得ることができました。それは喜びになり、私の心を満足させてくれました。
そうやっていくうちに、「仕事中は仕事軸で、プライベートは思う存分自分軸で生きると決めたほうが、余計なストレスを溜めずにすむのだ」と気づきました。
公私のメリハリがつく分、時間の使い方もうまくなるものです。
「やりたい」だけで選ばない
いつからか、「やりたいこと」で稼ぐのが「正解」で、我慢して働くのは「不正解」という風潮を感じるようになりました。私はその風潮に違和感を覚えてしまいます。
素朴な疑問として、「稼げるやりたいこと」を持っている人は、どのくらいいるのだろう、と思ったりもします。
「やりたくないこと」の中に、自分の可能性を広げる知識やスキルは絶対にないのでしょうか。
そうは思えません。
「やりたいこと」にも「やりたくないこと」にも、同じように新しい知識の蓄積やスキルアップのチャンスがあるはずです。どちらかのみを選んでいたら、チャンスは半減して、自身の可能性を閉ざすことになります。
人によっては、線引きをすることで生きやすくなる人もいます。現状を維持でき、失敗するリスクがないため傷つかずに済むからです。
でも、自分の殻を破ってスキルアップしたいなら、やりたいことだけでなく、人から与えられるミッションも一生懸命やってみるほうが賢明です。想定外の出来事が起こると、自分では気づいていなかった能力が花開いて、新たな可能性と視野が広がるかもしれません。
言うまでもなく、心身の調子や家庭の事情などでできないときに無理をする必要はありません。しかし、「やりたい」「やりたくない」などという「不確定な感情」で仕事を選ぶのは、自身の可能性や視野を狭めてしまいます。
感情は、環境によって変化します。例えば、「やりたくない」けど親しい仲間がいるから「やってもいい」と思えたり、「やりたい」と思っても転勤が伴うなら「やっぱりやめておこう」。
人の心はこんなふうに変化するものです。
「やりたくないこと」に取り掛かるためには、勇気や我慢が必要です。けれど、その一歩の勇気と「会社軸」を持つことで生まれる我慢は、新しい自分に出会うチャンスかもしれません。そして、どのような時を刻んだとしても、私は無駄な経験なんて一つもないと思うのです。
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