これは所得についても同様だ。中産階級の人々の多くは車をもち、家をもち、貯蓄もしている。これが大きな違いを生む。平等化を説明するうえで核心的な違いはここにある。より多くの人々に私的財産権を認める方向に進んだのだ。富裕層を打ち倒したり、底辺層を引き下げたりしたからではない。私が批判するのは、こうした「ゼロサムゲーム」的なものの見方だ。ゼロサムゲーム論では、誰かがより良い状況を得るためには、誰かが損失を被り、より悪い状況に陥らなくてはならない、と主張する。
最後に私が重要だと思うのは、ピケティ氏が、富裕層は社会の問題だと考えている点だ。彼は起業家を重要視していない。単に幸運な人たちか、もしくは富の独占者だとみなしている。彼らはその富にふさわしくないと考え、富裕層や資本にもっと課税すべきというのが彼の平等化へのビジョンだ。確かに富裕層への課税は必要だが、相続税など彼らの富そのものへ課税するのではなく、資本所得に課税すべきだと私は考える。しかし、再分配にとって最も重要なのは、すべての人に福祉、医療、介護、教育といった公共サービスが行きわたることで、そのために賢明に課税すべきだ。富裕層の存在は、雇用を生み、私たちが求める製品やサービスを生み、税収を生み出す成功した企業や事業がある証しである。
──福祉国家に関する議論では今、ミドルクラスが衰退し危機に直面していると懸念されているが、教授の見方はより事実を見つめ直すという点で、新しい。その視点から新時代への課題、挑戦は何か。
将来の課題のひとつは、もちろん人口構造の変化だ。人口構造上の赤字を均衡させるための重要な方法の一つは、年金制度に資本を貯蓄することだ。日本も長年そうしてきたし、スウェーデンも同様だ。つまり我々は年金基金に投資して資本を蓄積し、高齢化に向かう人口変化における、人口資本の空洞化を緩和するのだ。個人の資産所有を促進し、人々が投資信託やインデックスファンドに投資・貯蓄できるようにすることが極めて重要であり、これは素晴らしい金融イノベーションだと確信している。また、さらなる底上げ策を検討すべきだ。経済成長を阻害することなく、より多くの人々が経済活動に参加し、リスクを取って革新を起こし、新企業を創出する仕組みをいかに構築するか。サービス業の今後経済におけるシェアが広がるなかで労働市場の改革や賃金制度の柔軟性が必要になる。また、住宅購入・所有のハードルを下げる、投資信託を通した貯蓄開始を容易にする税制なども重要となるだろう。 同時に、福祉国家についての議論も非常に重要だ。20世紀の大きな変化のひとつは、大きな政府が生まれたことだ。
北欧諸国でも日本でも、人々は平等な教育や医療、介護を受けるべきだという平等主義的な側面を望んでいる。一方で公的独占体制、つまり国がすべてを供給する体制は、非常に非効率的になりうることも認識している。福祉制度に民間企業を参加させて生産性を向上させ、人々が比較的平等にアクセスできるシステムの一部として機能させることは、今後さらに重要になると考える。
ダニエル・ヴァルデンストロム◎経済学者。スウェーデン・ストックホルムの産業経済学研究所に在籍し、「課税と社会」研究プログラムを主導。ストックホルム大学で経済学の博士号を取得後、ルンド大学で経済史の博士号も取得。その後、ウプサラ大学、パリ経済学校、UCLAで教壇に立つ。


