「起業家にとって最も重要なのは、原体験」。
そう語るのは、DeNA創業者であり、日本を代表する起業家の一人である南場智子氏だ。
筆者が南場氏をForbes JAPANで取材したのは2019年。当時DeNAは、100億円規模のファンドを組成し、日本のスタートアップエコシステムに大きなインパクトを与えていた。あれから6年。DeNAの挑戦は、投資活動にとどまらず、日本のベンチャー界そのものを揺さぶるムーブメントへと進化している。
現在、同社が力を注いでいるのは、日本の起業家をシリコンバレーという世界最高峰の競争環境へと送り出し、「現地で勝たせる」ための実践的なプログラムだ。資金提供やメンタリングに留まらず、起業家一人ひとりの原体験と向き合い、その意思決定の軸を世界基準へと鍛え上げる取り組みは、日本のスタートアップ支援のあり方を根底から問い直している。
日米スタートアップ投資「二桁の差」という現実
日本とアメリカのスタートアップ投資には、目を疑うような格差が存在する。シード期の平均調達額は日本が5000万円に対し、アメリカは5億円。シリーズDになると日本の5億円に対してアメリカは137億円と、実に二桁もの差が開く。
「規模の問題だけではないんです。ベロシティ(速度)が全く違う」と南場氏は語る。「企画を考えて、トライして、ダメなら次へ行く。このスピードは圧倒的に早い。そして一つ一つのアクションのクオリティが徹底している。それが当たり前として求められる社会、エコシステムなんですよ。その空気を吸って、その土壌に立っていると、自然とそうなっていく」
IPOの規模が小さいという問題の背景には、そもそもアンビション(野心)のレベルが違うという構造的な課題がある。日本では地に足のついた現実的な企画に資金が集まるが、ベイエリアでは興味を示してはもらえない。一桁、二桁大きい試合が前提となっている空気がそこにはある。
韓国に学ぶ「成功の連鎖」のメカニズム
南場氏が強く注目するのは、隣国・韓国の躍進だ。ベイエリアで開催される移民起業家のイベントには1500人が集まり、そのうち500〜600人が韓国系起業家だという。ヘルスケアアプリのNOOMやコミュニケーションAPIのSendbirdなど、現地からユニコーン企業も続々と生まれている。
「韓国は5年前、10年前は今の日本と全く同じ状況だった。ほとんど韓国人起業家なんていなかったんです。でも一人二人が成功すると、『なんだ、自分もできるじゃないか』とみんながワーッと飛び出してきた。成功例が見えることで、流れが一気に変わった」
日本人起業家にも同じ可能性は十分にある。
そもそもシリコンバレーは移民起業家の聖地だ。Google、Tesla、Zoom——巨大テック企業の創業者の多くが移民であり、英語のハンディキャップを抱えながら成功を掴んだ例は枚挙にいとまがない。
「シリコンバレーで日本人が勝ちにくいわけではない。ただ、スタートアップのエコシステムにはアファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)がないんです。私はそこがフェアで好きなところ。日本人だから厳しいよね、は絶対にダメ。フェアで激しい競争の中で勝っていかなきゃいけない。それには個人の頑張りと、周りのサポートが必要なんです」



