サイエンス

2025.12.29 18:00

超長距離「ウルトラマラソン」を走りきるランナーが持つ遺伝子

Shutterstock.com

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超長距離を走る「ウルトラマラソン」は、人間の身体が耐えられる極限を試す競技と言えるだろう。大会ごとに50kmや80km、160km以上までさまざまな距離があるが、超長距離のロードやトレイル、山岳を走る。睡眠をとらず、とったとしてもごくわずかで数日間走り続けるレースもある。

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こうしたレースに参加したランナーは、ほとんどの人が一生の間に一度も体験することがない尋常ではない消耗状態に追いやられる。筋肉組織はクタクタになり、蓄えられていたエネルギーはほぼゼロになる。頭の中もほとんど真っ白になってしまう。それでもアスリートの中には、ウルトラマラソンのためにつくられたかのように思える身体の持ち主がいる。こうした人々は、他の参加者が前に進めなくなるような状況でも、身体を動かし続ける。

もちろん、彼らもある程度の肉体的苦痛を覚えてはいるが、どういうわけか、平均的なランナーと比べるとその度合は低い。こうした人にはどんな秘訣があるのだろうか?

真っ先に思い浮かぶ答えは、「トレーニングと心構え、そして運の合わせ技」というものだろう。だが、より突っ込んだ、率直な回答は「遺伝的特徴」だ。とはいっても、大半の人が思い浮かべるような、単純で分かりやすく、記事の見出しになるような意味ではない。なぜなら、単一の「ウルトラランナー遺伝子」があるわけではないからだ。

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現実には、持久力は複数の異なる要素によって構成されている。これらの要素が合わさって、筋肉の動きや酸素の消費、痛みの感覚、身体の回復する速さなどが決まってくる。どこでどのようなトレーニングを行うかは、長い年月の間にこれらの形質を強化する(あるいは弱体化する)ものにすぎない。

ウルトラマラソンに耐える身体:細胞的な基礎

突き詰めて言えば、ウルトラマラソンでものを言うのは「効率」だ。なぜかと言えば、超長距離を走り抜くアスリートは、遅筋線維(遅筋)に大きく依存する傾向があるからだ。このタイプの筋肉線維は、爆発的なスピードを出したり、短距離を走ったりすることには向かないが、長く持続的に力を出す運動に向いた特質を持っている。

遅筋は、ミトコンドリアの密度が非常に高い。ミトコンドリアは、いわば小さな「細胞内の発電所」であり、燃料を利用可能なエネルギーに絶え間なく変換している。さらに重要な点として、その生理学的特質から、糖質を急速に燃やすのではなく、脂肪を燃やすのに向いている。その結果、ウルトラマラソンのランナーは、虚脱感を覚えることなく何時間も走ることができる。

学術誌『Biology of Sport』に掲載された2019年の論文が強調しているように、このメカニズムの一部は遺伝によるものだ。よく研究でとり上げられる遺伝子(一般に「PGC-1α」と呼ばれる)は、ランナーの身体の中で、ミトコンドリアの生成を促進し、遅筋の活動をサポートするメカニズムを活性化させることに役立っている。

次ページ > ウルトラランナーの酸素輸送と心臓血管の効率を上げる遺伝子

翻訳=長谷睦/ガリレオ

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