前述の論文でも指摘されているように、この遺伝子の特定のバージョンが、持久力の高いアスリートにより多く出現していることが判明している。つまり、こうした遺伝子のバージョンと、トレーニングへの応答性の向上との間に、高い関連性があるということだ。
他にも、脂肪を燃料として使う際の効率性や、筋肉の間を走る血管の密度、長時間のストレスに対する心臓の反応などに影響を与える遺伝子がある。
各々の遺伝子がおよぼす影響は、1つだけなら小さなものだ。だが、これらが積み重なることで、身体が、スピードよりも持久力を持つように促す効果が生まれる。
ウルトラランナーの酸素輸送と心臓血管の効率を上げる遺伝子
持久力はまた、体内に取り込まれた酸素にも大きく左右される。酸素がより速く、効率よく筋肉に届けられれば、走っている間も、持続的に身体を動かし続けることができる。2021年のある研究によると、最も継続的に研究対象となっている遺伝子の一つが、血圧と血流の制御に関わる酵素に影響を与えている。
この遺伝子の特定のバージョンが持久運動能力の向上と関連していることは、多くの集団において判明している。これは、長時間の運動のさなかに、血液循環を微調整して効率化するのに役立っている可能性が高い。
また、ひと握りの遺伝子ではなく、全ゲノムをスキャニングする最近の遺伝学研究により、研究者たちがかねてから温めていた仮説が裏づけられた。それは、特に優れた持久力は、複数の異なる遺伝的変異(バリアント)によって形作られるもので、それぞれが形質におよぼすごくわずかの変化が、総合されて高い持久力につながるという説だ。
これはつまり、何時間も走ることができる人と、できない人がいる理由を、単一の遺伝子マーカーによって完璧に解き明かすことはできないということだ。
「ウルトラマラソンで生じる不快感」を軽減する遺伝子
それでも、究極的に言えば、ウルトラマラソンのランナーを飛び抜けた存在にしているのは、単に体内で燃料を燃やすメカニズムだけではない。多くの場合、最終的には、ランナーが疲労などの不快感に対応する過程が焦点となる。
『Frontiers in Physiology』に掲載された研究が指摘するように、痛みの認識や炎症、筋肉痛、回復スピードに関しては、そもそも個人差が大きい。だが、ウルトラマラソンのランナーでは、飛び抜けて他と異なる傾向がある。
まったく同じ量だけ身体を動かした場合でも、他の人と比べて、筋肉の損傷を感じにくい人は存在する。また、炎症によって発生する化学物質を分解するスピードが、他の人より速い人もいる。さらに、「ちょっと待て、身体が痛い、スローダウンしよう」といった身体からの訴えに、脳があまり反応を示さないとみられるケースもある。


