日本の農業は「品質を保ちつつ、スケールさせること」で成長産業になる
「日本の農業で世界を驚かせたい」。その言葉には小手先の改善ではなく、産業構造そのものを変革する強い意志が込められていた。
語り手の内藤氏はアメリカ留学を経て起業し、リンゴを抱えて自ら売り歩いた。わずか3年で売り上げは10億円規模に到達。現在も急成長を続ける農業スタートアップを率いる。
彼が繰り返し口にするのは「生産性」だ。日本の農業は品質の高さで世界を驚かせる水準にある一方、収益性を左右する生産性の低さが課題だ。たいへんおいしいが収益性が低い作物と、利益は出るが味が凡庸な作物。そのトレードオフをどう乗り越えるかが、農業を産業として成立させるカギだという。
産業特性を俯瞰すると、その難しさが浮かぶ。リンゴやナシといった果樹は、小麦やトウモロコシのように無限に規模を拡大できるわけではなく、生産性には上限がある。つまり効率化だけでは決定的な差を生みづらい。
だが、質に関しては日本に勝ち筋がある。果樹は長年の品種改良の積み重ねで、世界トップクラスの品質に到達している。実際、シャインマスカットや紅はるかは世界市場で強い競争力を発揮している。農業を成長産業としてとらえるなら、両極端の間にある“最適解”を見いだすことが求められるのだ。
そのなかで、抹茶は特異な存在である。抹茶ラテの原価率を見れば、原材料としての抹茶が高収益を支えていることがわかる。静岡や鹿児島の茶農家は「御殿が建つ」と表現されるほどの収益性を得られる可能性がある。また、コーヒーが温暖化の影響で供給制約を受けて価格上昇を余儀なくされるなか、抹茶は新たな成長産業として世界的に注目されつつある。
取材の最後に、私は「日本の農業に最も必要なものは何か」とたずねた。内藤氏は即答した。「農業を自動車産業やITと並ぶべき成長産業と定義することです」。
これまで日本はどちらかというと、農業を需要が伸びない衰退産業とみなし、減反政策などで供給を制限してきた。しかし、その前提は変わりつつある。近年の米不足で、農家の収入も増える可能性が出てきた。市場原理を前提にした選択と集中、大胆な統合と投資が不可欠なのだ。
安さを武器にする諸外国に対抗するには、日本の高品質な農業をどうスケールさせるかが勝負となる。品質だけでは世界を驚かせられない。資本主義的なアプローチと長期的な視点を取り込み、農業を成長産業へと押し上げる挑戦は、すでに始まっている。

北野唯我◎1987年、兵庫県生まれ。作家、ワンキャリア取締役CSO。神戸大学経営学部卒業。博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。ボストンコンサルティンググループを経て、2016年、ワンキャリアに参画。子会社の代表取締役、社外IT企業の戦略顧問などを兼務し、20年1月から現職。著書『転職の思考法』『天才を殺す凡人』『仕事の教科書』ほか。近著は『採用の問題解決』。


