ラリー・クックとバーバラ・クックは、自分たちが政府の捜査官に協力しているのだと信じていた。だが、実際には2人は詐欺事件の被害者となった。彼らはまた、高額の税負担や医療保険の引き上げなどの思わぬ落とし穴にも直面した。
2人は、生涯をかけて築いた100万ドル(約1億5600万円)以上の貯蓄を、わずか6カ月で失った。銀行口座は空になり、想定外の高額な税金を請求されただけでなく、政府の医療保険プログラム「メディケア」の保険料も不可解な形で引き上げられた。
ラリーは、人生が一変したその日を今も鮮明に覚えている。2023年9月21日、引退した牧師である彼と妻バーバラ(現在はいずれも82歳)は、メイン州チャイナレークの自宅近くにあるウォルマートで買い物をしていた。その最中、バーバラの携帯電話に、アマゾンを名乗る人物から電話がかかってきた。
通常なら警戒してもおかしくない電話だったが、このとき2人は疑わなかった。その月の初め、バーバラは使い慣れたアマゾンでの買い物が突然できなくなり、解決を試みていたからだ。アマゾンの担当者だと名乗る相手は、ラリーの名前と社会保障番号が使われた「不正な購入」が確認されたと説明した。
話が進むにつれ、バーバラはラリーに合図を送り、電話を代わった。相手は、ラリー名義で行われたという5件の購入について、州や国が異なる取引を次々と読み上げた。いずれにも心当たりがなかったラリーは、間違いだと答えた。
「もう少し詳しく話をしてもいいですか?」と、相手は続けた。
ラリーが、「いまは買い物の途中だ」と伝えると相手は、「車まで移動して話せないか」と求め、「折り返し電話する」と告げた。その後、ラリーの携帯電話にかかってきた通話には、TDバンクのセキュリティ責任者を名乗る人物も参加した。夫妻はこの銀行を利用していたため、その説明はもっともらしく聞こえた。
帰宅後、ラリーのもとに別の電話が入った。今度の相手は、消費者保護を担う機関の連邦取引委員会(FTC)の担当者を名乗り、「不正行為やマネーロンダリングの疑い」を調査しており、ラリー自身がその捜査対象になっていると告げた。
不安を煽る巧妙な手口
この時点で、ラリーの中に警戒心が芽生えた。もし本当に連邦機関の捜査であれば、弁護士に相談する必要があると伝えた。すると相手は、それも可能だが、そうなれば裁判に発展し、多額の費用がかかる可能性が高いと説明した。その代わりに、「政府に協力して真犯人を捕まえる道もある」と持ちかけた。
相手はそれを、証人保護プログラムに近いものだと説明した。ラリー夫妻は新しい社会保障番号を取得し、資金を「おとり」として用意された新たな口座やファンドに移す必要があるという。それによって、不正に関与している人物をあぶり出すのだと説明された。
ラリーは話の内容が理解できないとして、さらなる証拠を求めた。すると相手は、メールで送ると答えた。1時間も経たないうちに、財務省のレターヘッドが入った公文書風の書類が届いた。そこには、政府に協力し、この件を完全に秘密にすれば、責任を問われることはないと記されていた。



